「120キロ台の遅球」で智弁和歌山を翻弄…「投手歴1年半」英明の右腕が見せた“常識外れの投球術”

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球種はスライダーとチェンジアップのみ

 智弁和歌山打線が不発に終わった理由は、下村の投じるボールの“特性”にある。もともと内野手として入学した下村だったが、ショートからの送球が微妙に変化するため、ファーストがことごとく捕球をミスしていた。それを見た首脳陣が、投手の適性があると考えて、1年生の秋に投手転向を勧めたという。

 下村は「自分としては何も考えずに投げているだけですけど、(ボールが)いろいろ動いているみたいです」と謙遜していたが、ストレートがナチュラルに変化している様子は、記者席があるバックネット裏からも確認できた。

 もう一つの武器は、“遅い変化球”だ。下村が持っている球種は、スライダーとチェンジアップのみで、現代の高校生投手としては非常に少ない。

 下村のチェンジアップは、球速100キロ前後で、一般的な投手に比べると20キロ程度も遅い。チェンジアップは、“ブレーキ”の鋭さがカギとなる。投手がストレートと同じように鋭く腕を振りながら、チェンジアップはバッターボックスまでなかなかボールが届かない。このブレーキを利用して、バッターのタイミングをずらしている。

 しかしながら、下村のそれは明らかに異なる。いかにも“遅いボール”が来そうな腕の振りから、本当に“遅いボール”が来る……ある意味、“常識外れ”のチェンジアップなのだ。「スローボールって言うと(変化球の球種としては)恥ずかしいので、チェンジアップということにしておいてください」と下村は謙遜するが、智弁和歌山打線が、このボールを打ち損じる場面が非常に多く見られた。

“スピード全盛”の時代に見せた快投

 筆者が試合後の囲み取材で、下村本人に対して、120キロ台のストレートと、変化球とも言えないような遅い“自称チェンジアップ”で、打者を抑え込める理由を尋ねてみると、以下のような答えが返ってきた。

「自分のボールが速くないことは分かっているので、それでも抑えるためにバッターとの対戦では“間(ま)”の使い方を意識しています。例えば、このバッターは打ち急いでいるなと感じたら、少しボールを長く持ってみたりします。去年秋の四国大会でも、そういったことを考えながら投げていたら、自分のボールでも通用することに気づいて自信になりました」(下村)

 ピンチの場面では“魔曲”と呼ばれる智弁和歌山のチャンステーマ『ジョックロック』が流れても、それに圧倒されるどころか、雰囲気を楽しむ余裕があったという。投手に転向してわずか1年半で、これだけの投球ができるのには、メンタルの強さが影響していることは間違いない。

 近年の甲子園出場校のエースは、球速140キロ以上が当たり前という“スピード全盛”の時代だからこそ、下村が見せた快投は、全国のスピードが速くない投手に大きな勇気を与えたはずだ。

西尾典文(にしお・のりふみ)
野球ライター。愛知県出身。1979年生まれ。筑波大学大学院で野球の動作解析について研究。主に高校野球、大学野球、社会人野球を中心に年間300試合以上を現場で取材し、執筆活動を行う。ドラフト情報を研究する団体「プロアマ野球研究所(PABBlab)」主任研究員。

デイリー新潮編集部

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