選抜高校野球、優勝候補を次々に撃破!ミラクルVを達成した“伝説のチーム”
「ほんま勝ちとうてたまらんですわ」
“KKコンビ”のPL学園が大本命だった1985年、“四国の剛腕”渡辺智男を擁して初出場初Vの快挙を成し遂げたのが、伊野商である。
これまで高知商や明徳義塾など高知県内の強豪の陰に隠れていた伊野商は、前年秋の四国大会で準優勝し、ついに悲願の甲子園初出場をはたした。
とはいえ、大会前の評価はそれほど高くなかった。当時、地方紙記者だった筆者は、2回戦の鹿児島商工戦の前に、山中直人監督を取材する機会があった。
柔道選手のようなガッシリした体格の27歳の青年監督は「伸び伸びとした明るい野球」がモットーで、「甲子園に来たからには、ほんま勝ちとうてたまらんですわ」とあけすけに語る姿に好感が持てた。
そんなリラックスムードのなか、ナインも甲子園で躍動する。
渡辺は1、2回戦で計4失点と本調子ではなかったものの、2回戦の鹿児島商工戦で1番打者・中妻章利が4安打2打点を記録するなど、チーム一丸となってエースを盛り立てた。
清原を3三振に封じた“四国の剛腕”
渡辺も準々決勝の西条戦で甲子園初完封を飾ると、剛腕の本領を発揮しはじめる。圧巻だったのは、準決勝のPL戦。初回に敵失に乗じてラッキーな2点を先制すると、渡辺も気合が入り、エンジン全開に。
2回、後に西武でチームメイトになった清原和博との初対決は、フルカウントから内角速球をズバッと決め、空振り三振。4回無死一塁の2打席目も、3ボールから3球続けてストライクを投げ込み、2打席連続空振り三振に切って取る。
さらに、3対1で迎えた8回2死一塁、一発を浴びれば同点という場面では、外角に146キロ速球を決め、3球三振。大会ナンバーワン打者にストレートの四球も含めて19球投げ、バットをかすらせもしない完勝に、渡辺は「最高の気分です」と顔をほころばせた。
一方、1年の夏に池田・水野雄仁に3三振を喫して以来の屈辱を味わった清原は「球がゆっくり手を離れたのに、グッと伸びてくる。タイミングが合わない」と脱帽した。
“大魚”を仕留めた伊野商は、決勝の帝京戦でも、渡辺自らダメ押し2ランを放つなど、投打にわたる活躍で4対0と快勝。
山中監督いわく「部員が24人しかいなくて、紅白戦など実戦に即した練習もままならない」という“無名の公立校”が、出場32校の頂点に上りつめた。
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