「馬鹿にしないでよ。私は全部知っているんだから…」妻が激怒しても、マリアさんとの関係は“不倫ではない”という40歳夫の身勝手な考え方

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「全部知ってるんだから」

 その後、マリアさんからママに連絡が入り、無事でいることはわかった。だが、店には戻れない、別の場所でひとりでがんばってみるという話だった。

「あの男が恋人というわけではなかったのかと、さらにがっくり来ました。マリアがなぜ消えたのか説明がつかないから……」

 寂しさを抱えながらも、宣之さんはなんとか日常生活に戻ろうとがんばった。そして少しずつ気持ちが落ち着いてきた昨年末、突然、母親の様子がおかしくなった。

「ちょうど4人で夕食をとっているときでした。母がいきなり手に持っていた茶碗を落としたんです。どうしたのと言ったら、少しぼんやりして『ううん、大丈夫』と。急に力が抜けたのと言ったんだけど、少しろれつが回っていなかった。それに気づいたのは佳世です。『おかしい、脳梗塞かもしれない。救急車呼んで』と言われて。結局、佳世の言うとおりでした。軽い脳梗塞と診断され、そのまま3週間ほど入院したんです」

 母がいない期間、佳世さんは仕事をしながら家事をこなし、娘のめんどうもみなければならなくなった。宣之さんも「手伝った」つもりだったが、佳世さんはいつにも増してストレスを感じていたらしい。

「母が退院する直前、家事のことで言い争いになったんです。僕は佳世とはケンカひとつしたことがなかったけど、こんなに頑固で融通の利かない女だったのかとびっくりして、ちょっとひどいことを言ってしまったんですよ。僕の母がいなかったら、きみは家事も育児もできないんだから、ものすごく困っただろうね、というような。母がいても佳世ががんばっているのは知っていました。それなのに、そんなことを言ってしまった」

 そのとき、佳世さんの表情が変わった。彼女は必死に何かに耐えているようだったが、顔を上げると、「あなたこそ、家事や育児をお義母さんと私に押しつけて何をしてた? 女のような男に入れあげてたんでしょ、見て見ぬふりをしてきたのに。バカにしないでよ。全部知ってるんだから」と一気に言った。

「マリアを遠くに追いやったのは妻だったのかとピンときました。連絡したのかと聞いたら、『したわよ。人の夫を惑わせないでって』と白状しました。それはひどい。マリアがどんなに傷ついたか。それなのに彼女は黙って僕の前から姿を消した。僕とマリアはそんな関係じゃない、誤解も甚だしいと怒鳴りましたが、内心では『マリアに申し訳ない』とばかり思っていた」

 母が退院してきたのでケンカをしているわけにもいかず、夫婦は表面上、穏やかに過ごしている。だが彼はほとんど妻とは直接、口をきいていない。それを母親が気づかないはずもない。

「先日、娘が寝たあと、母が『あんたたち、どうしちゃったの』と言い出して。病み上がりの母に本当のことを話すわけにもいかず、妻も僕も苦笑するしかなかった。『お義母さんに心配させたくないから、普通にして』と妻に言われたので、一見、以前の日常が戻って来たようには振る舞っています。妻は僕の携帯を見て、マリアとのことを知ったようです。それもね……人の携帯を見るようなタイプだとは思っていなかったからショックでしたね」

 宣之さんは何の釈明もしていない。妻も説明を求めてはこないが、夫婦の夜の生活はまったくなくなった。

 マリアさんとの不思議な関係を思い起こすたび、彼は自分が同性を愛することができるのか、あるいはマリアさんの性自認が女性であったから恋のような気持ちを抱いたのか、わからなくなっている。さらにあの頃の自分の感情にも「恋」と名前をつけることに抵抗があり、「浮気や不倫をしたわけではない」と考えている。それでも、マリアさんとは明らかに気持ちが通い合っていた時期があり、彼女によって性的満足を得たことも何度もある。あれはいったい、何だったのか。自分の中で整理がつかないまま、そしてマリアさんがどこにいるのかわからない不安を抱えたまま、今も「日常生活にしがみついている」と自嘲気味に言葉を吐き出した。

 ***

 宣之さんは、部屋に押しかけるほどにマリアさんを気にかけ、妻の振る舞いに「マリアを追いやった」と怒ってもいる。にもかかわらず彼女との関係を「浮気や不倫ではない」と言い切るのは無理があるのではないか。少なくとも佳世さんは夫が不貞行為を働いたと思っているわけだから、妻と同じ前提に立たなければ関係の修復は望めないだろう。

 さらにいえば、宣之さんが「不倫ではない」と言い切ることは、マリアさんに対して不誠実ではないか。これが身も心も女性が相手だったら同じことを言うだろうか。マリアさんを失い、佳世さんからも距離を置かれている現状は、宣之さんの人間性が招いた事態という印象も受ける。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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