メーテルのモデルは誰? 8カ月風呂に入らなかった下積み時代 松本零士さん、盟友が明かす秘話
「先生が帰らない」
松本さんと40年近く、苦楽を共にした東映アニメーション元常務取締役で現・顧問の清水慎治氏(70)が語る。
「私が会社(東映動画)に入ったのが77年。その年の夏に『宇宙戦艦ヤマト』が公開になるんですが、追い込みの応援に駆り出されて大変だった。最近の写真だと好々爺然としてますが、まだ松本先生も40歳ぐらいで黒いひげがグワッと生えて、もうすごく怖い感じ。当時は夜中の3時ぐらいからオールラッシュ(試写)をやって、それが朝までかかるんです。寝られなかったですよ。なにせ、先生が帰らないんだから」
劇場前には長蛇の列ができ、21億円の興行収入を記録。当時としては大ヒットとなり、長編アニメ映画ブームの先駆けとなったのである。
一方、大ヒット作「銀河鉄道999」を巡っては、こんな逸話もある。
「先生はメーテルのモデルについて、毎回、違う説明をするんですよ。映画『わが青春のマリアンヌ』のヒロイン、マリアンヌ・ホルトだったり、女優の八千草薫さんだったり。愛媛の疎開先で見た写真の女性だとも。晩年は“自分のDNAが描かせている”って話すようになりましたね」(同)
「墨の匂いがする原稿」
ヨーロッパでは「宇宙海賊キャプテンハーロック」が人気で、2019年に松本さんがイタリア滞在中に倒れ、病院に救急搬送された際には「集中治療室にいるのに、病院長がサインを求めてきた」(同)という。00年にはフランスのエレクトロデュオ「ダフト・パンク」の求めに応じて、ミュージックビデオを制作。世界的に話題を攫(さら)った。
新潮社で松本さんに接した経験を持つ元担当編集者は次のように懐かしむ。
「松本先生の原稿は匂いが他の方と違いましたね。宇宙空間の絵は、当然ながら真っ黒にまず塗って、そこにホワイトで星を散らすので、下地はベタ塗り。だからでしょう、あんなに強烈に墨の匂いがする原稿は松本先生だけでした。今でも忘れられない思い出ですね」
「999」のアンドロメダ篇の最後に、メーテルが〈私は……あなたの少年の日の心の中にいた青春の幻影……〉と主人公の鉄郎に別れを告げる場面がある。
思い出に残る青春の幻影の数々を世界中の若者に与えた創作者は、85歳でこの世を去り、星となった。