【棋王戦第3局】藤井五冠が「痛恨の一手」で渡辺二冠に敗れる “ポカ”が生んだ“名”勝負

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消費時間の計算方法

 藤井や渡辺ほどの棋士でも、「秒読み」に追われると失敗することがある。そのような失敗をAIは決してしない。2人には申し訳ないが、これもまた人間同士の将棋の魅力だ。

 午前9時に開始された本局は、9時45分には59手まで進んだ。持ち時間は各4時間だが、この時点で消費時間は両者たったの3分。ネット中継などを見ていて不思議に思う人もいると思うので少し説明する。

 これは「ストップウォッチ形式」と呼ばれ、1分以内に指した手は消費時間に計上されない。

 1時間が経っても双方の消費時間は約10分ずつだった。将棋は1分以内に指すことも多いから持ち時間は減りにくい。とはいえ手数は進むから勝負が早くなる面もある。

 極端に言えば、59秒で指し続ければ持ち時間はまったく消費されない。事実、この日も渡辺が4時間を使い切って「1分将棋」になった後も、藤井に残っていた4分ほどの残り時間がなかなか消費されなかった。「1、2、3、4、5……」と時計係に残りの秒数を読み上げられながら追い込まれる中(指さなければ即刻負けである)、藤井が50秒台で指すことを続けたからである。

時間短縮も進む

 最近は秒数も積算してゆく「チェスクロック方式」が取り入れられることが増えた。これはチェスで用いられる特殊な時計のことで、将棋でも時計係がいない時間制の対局で使われる。対局者が1手指すごとにボタンを押すと相手の持ち時間が消費される仕組みで、将棋教室で使われることが多い。

 チェスクロック方式なら対局時間が圧縮される。タイトル戦のほとんどがストップウォッチ形式なので長くなるが、最新の叡王戦はチェスクロック方式だ。番組時間内に終わらなくてはならないNHK杯、有観客のJT杯や銀河戦などもチェスクロック方式を採用している。

 名人戦順位戦は一日制で、持ち時間は各6時間と長い。従来はすべてのクラスがストップウォッチ方式を採用し、深夜まで戦ったが、2018年からB2、C1、C2の各組が、2020年からはB1組もチェスクロック方式へ変更された。スピード化は記録係の負担軽減の目的もあるという。

 現在は藤井らの在籍するA級だけがストップウォッチ方式で長時間の戦いが展開される。3月2日に開かれた「将棋界の一番長い日」とも呼ばれる順位戦A級リーグ最終日では、「藤井五冠vs稲葉陽八段(34)」だけは午後7時台に終わったが、他の4局は午後10時以降に終局し、感想戦を終えると未明になっていた。

 史上最年少名人の期待もかかる藤井は「一番長い日」に勝利したが、広瀬章人八段(36 )も勝利して2人が7勝2敗の相星になったため、8日には名人戦挑戦権をかけて広瀬とのプレーオフが東京で行われる。さらに、11~12日にはタイトル防衛まであと1勝とした王将戦七番勝負の第6戦が佐賀県で行われ、挑戦者の羽生善治九段(52)と対戦する。19日には栃木県で棋王戦の第4局だ。

 勝つほにど対局が増えることが宿命のプロの将棋とはいえ、殺人的スケジュールになり、若いとはいえ藤井の体調などが心配になる。
(一部敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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