エネルギーミックスで電力の安定供給を図れ――井伊重之(産経新聞論説副委員長)【佐藤優の頂上対決】
制度設計ミス
佐藤 世の中にはトレードオフ(一得一失)の関係になるものがありますが、電力自由化によって失われたのが安定供給なのですね。
井伊 3・11の福島第一原発の事故以降、原子力発電の「安全神話」が崩れました。原発は政府が計画を立て民間会社が運営するという「国策民営」でしたが、この時、国が率先して「東電けしからん」「原発けしからん」と言ってしまったわけですね。当時の民主党政権は、東電にだけ責任を負わせたのです。
佐藤 東電旧経営陣4人に対する株主代表訴訟では、13兆円以上の賠償が命じられました。
井伊 刑事裁判の方では、津波の予見可能性はなかったということで、1審に続き2審でも無罪となっています。もちろん誰かのせいにしたい、という気持ちはわかりますが、東電を悪者にしてすむ話ではない。
佐藤 3・11以降、反原発は一種の宗教のようになっています。
井伊 イデオロギーや政治信条と言っていいでしょうね。その反原発、反電力会社の雰囲気の中で電力制度改革は進められてきました。
佐藤 だから歪(いびつ)なものになっている。
井伊 ええ、制度設計に問題が多いのです。まずは再エネの「固定価格買取制度」です。大手電力会社は再エネ事業者から決められた価格で電力を最長20年間購入することになりましたが、その価格が当初は1キロワット時あたり40円と、相場の倍近い金額になりました。当時の政府からすると、高い値段を設定することで、多くの事業者の参入を図り、原発に代わるものにしたかったと思うのですが……。
佐藤 そうはならなかった。当然のことながら、太陽光は昼間しか発電できませんしね。
井伊 現在、昼間の電力はかなり太陽光で賄われるようになっています。だから昼夜の変動幅がすごく大きい。それをカバーするには火力発電所が必要なのですが、調整電源化して稼働率が低下し、休廃止が相次いでいます。また原価に利益を乗せて料金を決める「総括原価方式」が廃止になったために設備投資が減り、一方では政府の脱炭素推進で火力発電所への融資に金融機関が慎重になりました。火力発電は、LNG、石炭、石油のいずれも、輸入・運搬・貯蔵施設が必要で、発電の設備も大きい。つまりは巨大な装置産業です。そのためコストが掛かるのですが、そこに投資できなくなった。
佐藤 制度を作る際には、そこまでは考えていなかったのですね。
井伊 また太陽光発電に参入した業者の大半はエネルギー業界の人たちではありません。ですから「安定供給」という発想がない。中には最初の一番高い価格で認可だけもらっておいて、太陽光パネルが安くなるのを待ってから設備を作るような事業者もいました。
佐藤 しかもそのパネルの多くは中国製ですしね。
井伊 事業者にも中国系がいますし、その会社がなくなったらどうするのかなども懸念されています。
佐藤 他の再エネはどうなっていますか。
井伊 政府は風力にも力を入れています。確かに太陽光に比べて稼働率はいい。ただ、いかんせん日本は国土が狭く、風況、つまり風の吹き具合がいいところは限られています。
佐藤 年間を通じ偏西風が吹くヨーロッパとは地理的条件が違う。
井伊 しかもヨーロッパは、海が遠浅で、洋上風力発電も海底に着床する形で建設できます。
佐藤 一方、日本は浮体式の洋上風力にしなければなりませんね。
井伊 特にいま計画が進んでいる日本海側はいきなり海が深くなりますから、どうしても浮体式が多くなる。するとコストが高くなります。また日本海側からその電力をどうやって消費地である首都圏まで持ってくるかという問題もあります。洋上風力は稼働率30~40%とされていますが、発電効率の低いものに何兆円も掛けて送電網を整備するのか。そこも議論すべきポイントです。
佐藤 一時期、話題になったバイオマスはどうですか。
井伊 日本で進めているのは、ウッドチップを海外から輸入して燃やす方式ですが、価格の高騰と円安でペイしなくなっています。そもそも海外のチップを輸入して発電するのが再エネかという問題があります。
佐藤 森林伐採するわけですからね。
井伊 制度上はそれでもいいことになっていますが、地球温暖化の防止にはならないでしょう。
佐藤 そうすると、やはり再エネに火力、原子力を組み合わせていくことが一番現実的ですね。
井伊 その通りです。再エネは環境には優しいけどもコストが高く取り扱いが難しいとか、火力は使いやすいけれどもCO2を出すとか、みな一長一短があります。ですからエネルギーミックスという形で、原発、火力を入れながら、それぞれの長所で短所を補い、エネルギーの安定供給をしていくべきだと思いますね。
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