【ブラッシュアップライフ】ひねりの利いたバカリズム脚本 過去の3作品から進化を読み解く

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「日常系あるある」のガールズトーク『架空OL日記』

 元々はバカリズムがOLになりきって架空の日常を文章にしたブログ「架空升野日記」があり、それが書籍化された際に『架空OL日記』と題された。本書を原作として脚本を書いたのが、2017年の連続ドラマ『架空OL日記』(読売テレビ制作・日本テレビ系)だ。

 主人公の「私」こと升野英知(バカリズムの本名)は銀行に勤務する24歳のOL。升野は銀行の制服を着たり、日常ではスカートをはいたりしているが、いわゆる女言葉を使ったり、化粧をしたりはしない。

 見た目はまんま升野なのだが、ドラマの登場人物たちは全員が彼を女性として、そしてOLとして扱っている。そこが奇妙でユニークなのだが、見る側もすぐに慣れてしまった。

 銀行のロッカールームや食堂などで繰り広げられる、同僚の真紀(夏帆)や智子(臼田あさ美)たちとガールズトークが笑える。

 副支店長がなぜかメガネをコンタクトに替えた。食堂のメニューである酢豚にパイナップルが入っていることの是非。はたまた給湯室に常備するお茶の葉を補充しなかったのは誰なのか。そんな「たわいもないこと」で盛り上がる升野たち。

 こうした「日常系あるある」の何気ない会話は、『ブラッシュアップライフ』でより磨きがかかり、ファミレスや麻美(安藤)の部屋で延々と続く、夏希(夏帆)や美穂(木南)との「まったりした時間」を成立させているのだ。

そして『ブラッシュアップライフ』へ

『ブラッシュアップライフ』はタイムリープのドラマだ。本人が時空を超えて移動する「タイムトラベル」とは異なり、意識だけが移動して過去や未来の自分の身体に入り込むことを指す「タイムリープ」。何度も映像化された『時をかける少女』(原作・筒井康隆)が好例かもしれない。

 ドラマにおける時間軸の操作は、見る側を捉えて離さない吸引力を物語に与える。また、自分の意図に合わせて時間を操ることは、脚本家の特権の一つだ。しかし、そのSF的世界観にリアリティーを与えるのは容易なことではない。

 麻美のタイムリープは、あくまでも近い過去へのものだ。登場する1990年代から現在までの事物と絶妙なエピソードの連打。見る側は自分の体験と重ねることができる仕掛けとなっており、その懐かしさの“設計”が巧みだ。

「人生の岐路と選択」というテーマ。「時間軸」への挑戦。「日常系あるある」が生む親近感。ヒロインの人生だけでなく、バカリズムの脚本もまた見事にブラッシュアップされている。

碓井広義(うすい・ひろよし)
メディア文化評論家。1955年生まれ。慶應義塾大学法学部卒。テレビマンユニオン・プロデューサー、上智大学文学部新聞学科教授などを経て現職。新聞等でドラマ批評を連載中。著書に倉本聰との共著『脚本力』(幻冬舎新書)、編著『少しぐらいの嘘は大目に――向田邦子の言葉』(新潮文庫)など。

デイリー新潮編集部

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