【王将戦第5局】藤井聡太五冠と羽生善治九段の熱戦から見えた「AI至上主義」への憂い

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大盤解説の客もスマホでクイズ参加

 終局後、2人は大盤解説場でファンに短い挨拶をし、すぐに感想戦に戻った。

 福崎九段は「素晴らしい熱戦でした。藤井さんは羽生さんに将来の自分を見て、羽生さんは藤井さんに昔の自分を重ね合わせる。そんな2人は互いにリスペクトし、時には必要以上と思える敬語を使ったりもしていますね」と目を細める。

 だが、前述したAIの評価について筆者が問うと、福崎九段は「コンピューターと人間が考えるのとは全く次元が違う。しかし、最近は『AIがすべて正しい』のようになってしまい残念。あれでは人間の対局が無意味になりかねない」と打ち明けた。

 福崎九段はこの2日間、島根県出身で「出雲のイナヅマ」の異名を持つ里見香奈女流五冠(30)、副立会人の西川和宏六段(36)と交代で大盤解説を行った。福崎九段が壇上である手を示すと、観客席から「それは評価値が低い」などの声が上がった。

「会場の人は、みんなスマホで中継のAI評価値を見ている。でも、一手一手をAI評価で査定され、『違う』とか『間違っている』とか言われれば、大盤解説などする意味もなくなってしまう」と福崎九段は嘆く。

 AIでさらに興醒めなのは、どの大盤解説会でも行われる「次の一手クイズ」である。壇上の解説者が「次の一手はどれ?」といくつかの候補手を提示して投票させる。当たった人の中から抽選で棋士の色紙や扇子などがもらえるというものだ。

「お客さんは自分で考えず、スマホのAIの最善手を見て投票してしまう。スマホを持っている人が有利になるし、それじゃつまらないでしょう」と福崎九段。

 筆者も2017年、名人戦の大盤解説場で「次の一手」に正解し、抽選で若手女流棋士の色紙をもらった。自分で一生懸命に考えたから、正解したことが嬉しかった。スマホで見たAIの推奨手を投票しても何も面白くないのではないだろうか。

人間同士の戦い

 ファンなら仕方がないが、残念なのは取材記者だという。正立会人として感想戦も間近で見守った福崎九段は語る。

「もちろん棋士は対局中にAIの数値など知りません。人間力だけで戦った後の感想戦で、観戦記者が横から『AIではこうなっていました』などと数値を示して口を挟んでいた。ちょっとシラケてしまう」

 専門記者なのだから「控室で何某九段はこう言っていました」ならいいが、AIの評価値を持ち出すことは素人でもできる。言われた羽生は「あっそうですか、じゃあ……とすればよかったということですか」と反問していた。

「AIが人間より強くなったとはいえ、みんなが『コンピューターが正解』と考えるようになってしまえば、人間同士で将棋を指す意義が薄れてしまう。感想戦は棋士が2人だけで作り上げた世界を互いに振り返ることなんです。例の『3七歩 』を2人が検討したら、羽生さんはあっという間に負けていました。AIでは最善手で、羽生さんが有利になる手だったにもかかわらず。あれはコンピューターなら指せる手なのかもしれませんが、人間には指せない手だと思います。コンピューターは人間の将棋とは別物なんですよ」(福崎九段)

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