【舞いあがれ!】最終回まであと1か月 IWAKURAの「笠やん」をなぜ最大級のヒーローにしたのか

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普通の人たちの素晴らしさ

 そんな桑原氏の思いを象徴するのが、IWAKURAの笠やんこと笠巻久之(古舘寛治[54])をこの作品で最大級のヒーローに据えたところ。ネジ一筋の職人。IWAKURAと浩太亡き後の岩倉家を支え続けた。カッコイイ。

 仕事と岩倉家に尽くそうとしたあまり、自分と家族との関係が冷えてしまったが、退職後に贖罪するつもりだ。舞もそれをフォローしている。

 この作品を見ていて思い出したのが、故・衞藤瀋吉氏から聞いた言葉である。氏は日本を代表する政治学者で、東大教授や亜細亜大学長などを歴任した。

「日本が戦後、奇跡的な復興を成し遂げ、成長できたのは、政治家や官僚が優秀だったからでは決してない。一人ひとりの日本人が勤勉で努力を怠らなかったからだ」(衞藤氏)

 この国を支えてきたのは無数の笠やんたちなのである。それを桑原氏は説いているのだろう。だから笠やんたちにとって大きな試練だったリーマン・ショックも描いた。

 この作品には、いわゆる立派な人は1人として登場しない。偉人伝の多い朝ドラとしては珍しい。だが、町工場の人々や梅津、五島のばんばこと祖母・才津祥子(高畑淳子[68])、船大工・木戸豪(哀川翔[61])、浦信吾(鈴木浩介[48])らの誠実でつつましい暮らしが、細やかに描かれている。普通の人々の営みが観る側の胸を打つ。

 桑原氏が歌人でもあるのは知られている通り。2011年の「歌会始の儀」に選ばれた桑原氏の作品は以下のものである。

「霜ひかる朴葉拾ひて見渡せば散りしものらへ陽の差す時刻」

 秋の奥飛騨を訪れた際、山中で心に残った光景を叙景歌にしたという。「舞いあがれ!」も桑原氏が取材した東大阪と五島を、短歌をつくるような感覚で脚本化したのだろう。だから、どの人物、光景にも強い思いが感じられる。

 舞の終着点はどこなのか。少なくとも東大阪から離れることはないだろう。舞は東大阪の子なのだ。

 8歳だった舞は在りし日の浩太と生駒山に行き、山頂から東大阪を眺め、こう言った。

「きらきらしてるなぁ」

 折しも1991年のバブル崩壊後の不況時下。東大阪は活気を失い、浩太も廃業を考えていたものの、舞にとっては光り輝く街だったのである。それは今も変わらない。

 きっと舞は東大阪から舞い上がる。それが事業上のことか、実際に空を飛ぶのかは分からない。支えるのは回り道によって出来た友人たちだ。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。

デイリー新潮編集部

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