「2代目が見つかったら泣いてしまうかも」 文筆家・門賀美央子がどこに行くにもスリッポンを履く理由

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40代から実用性重視の靴を選ぶように

『死に方がわからない』『自分でつける戒名』『ときめく妖怪図鑑』『ときめく御仏図鑑』『文豪の死に様』などの著書で知られる、文筆家の門賀美央子さん。山坂の多い横須賀暮らしの彼女が、愛用する“あるもの”との別れから得る、人生の箴言とは、いったい?

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 若い頃はそれなりに靴のおしゃれも楽しんでいたが、40代に差し掛かった頃からめっきり実用性重視になった。6年前に横須賀に引っ越してからはそんな傾向に拍車がかかり、今ではもっぱらスリッポン系の軽量靴ばかり愛用している。

 横須賀が位置する三浦半島は、中央部に三浦丘陵がどどんと盛り上がって平地が少ないため、必然的に坂道が多い。急坂も少なくない。よって、五十路に入って体幹があやしくなり始めた今、ヒールのある靴なんぞ危なくって履いていられないのだ。8センチはおろか3センチでもおっかない。かつてきらめく大都会をハイヒールで闊歩していた私は、すでに失われて久しいのである。あゝ無常。まあ、そんなわけで、この10年は万札が複数必要になるようなキラキラ靴を買ったためしがない。安くて丈夫な靴を買い求めては、履きつぶすまで履いている。

黒のスリッポンが相棒に

 今の相棒は、駅ビルの量販店で見つけた黒のスリッポンだ。数年前にちょっとした手術で入院した折に購入した。スリッパなんかはコケやすいというので、近頃は院内上履きは踵のない履物を禁ずる病院が多いようである。上履きにするなら新調せざるを得ず、「履きやすそう」だけを基準に極低プライスの靴を選んだ。退院後、不要であれば捨てても惜しくない。そんな心づもりで買えるほどのお値段だったと記憶している。

 ところが豈図らんや、彼はもんのすごく私の足にフィットした。以来、近所はもちろん、仕事でも旅でも足元のお供は彼ばかりになった。さすがにワンピースを着るようなシーンでは履けないが、それ以外はどこでも一緒だ。華も飾り気もないが優しく軽くストレスフリーな性格で、最良のパートナーになってくれたのである。

 だが、そんな日々もまもなく終わろうとしている。安物ゆえの悲しさ、そろそろヘタリが目立ってきたのだ。靴底の溝が浅くなり、雨の日などは滑るようになってきた。独り者かつ個人事業主の私にとって、けがで動けなくなる事態は経済危機に直結する。ゆえに、いくら最良のパートナーでも“滑り”だけは看過できない。

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