このままではNHKはNetflixに完敗してしまうだろう 『NHK受信料の研究』の著者が警告

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「国民の約半分は1週間に5分もNHKを見ていない」――これは前回ご紹介したNHK放送文化研究所が公表したデータである。

 有料の動画配信が世界中で勢いを増している中、旧来通りの「受信料」でNHKを運営し続けることは、本当に国益、視聴者の利益につながっていくのだろうか。新著『NHK受信料の研究』の中で、著者の有馬哲夫・早稲田大学社会科学総合学術院教授はこんな問いかけをしている。以下、その問題提起に前編に続き耳を傾けてみよう(以下『NHK受信料の研究』をもとに再構成)。【前後編の後編】

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人々はテレビを見る習慣がない

 前編で触れた「約半数の国民がNHK総合テレビを週に5分も見ない」というデータを示されても、にわかには信じがたいというNHKファンもいるかもしれない。朝は連続テレビ小説を見て、夜には「クローズアップ現代」「ニュースウオッチ9」、週末には大河ドラマを見る、という生活様式の人が今なお相当数いるのは事実である。

 このような全体からみれば少数派の人々のために、大多数の、とくに若い人々の、典型的なメディア利用のパターンを示してみよう。これは、仮にあなたが今そうなっていなくても、これからたどることになるパターンだと思ってもらいたい。

 まず、現代人の大部分がスマホ中毒になっていることを念頭におかなければならない。朝起きると、LINE、Twitter、Facebook、Instagram、TikTokのどれかをチェックする。メールが来ていれば返信し、時間があれば投稿する。ニュースも天気予報もこれらのSNSに貼り付いてきたものを読む。

 したがって、かつてのようにテレビで天気予報やニュースをチェックすることはほとんどしない。とにかくスマホを手放さない。

 令和3年版情報通信白書によれば、2020年における20代の日本人の平日1日のテレビ視聴時間は88分。それに対してインターネット使用時間は255.4分だ。内訳は、PCが73.8分、モバイルが177.4分、タブレットが15.6分だ。つまり、モバイルでSNSを使ったり、YouTubeを視聴したりすることに多くの時間を費やしている。スマホ中毒の実態が表れている。

 こうしてみると、日本人が総スマホ中毒の現代では、およそ半数が「NHKの地上波総合テレビの視聴時間が週に5分」というのは、決して誇張ではなく、現実だということがわかる。放送に関していえば、NHKだけでなく、民放も視聴されていない。日本だけでなく、世界的な現象だが、放送よりも動画配信の視聴時間が伸びている。

 NHKは、テレビに限らず、ケータイでも、パソコンでも、とにかく放送を受信できる機器を持っていれば、受信料を払えという。だが、私たちは、ケータイもパソコンもNHKの放送を受信するために買っているのではない。民放の番組を見るために買っているのでもない。放送よりも、さまざまな種類の動画配信を見るために買っているのだ。

 イギリスなどでも起こっていることだが、最近では、電波を受信できない、テレビモニターやプロジェクターを買い、それで動画配信を見ている若者が増えてきている。これは放送を受信できないので、基本的にNHK受信料の対象とはならない。

日本も文化的属国になる

 このままでいくと、日本人は日本製コンテンツを、放送ではなく、有料動画配信大手で見るようになる。そして、放送が力を失っていくので、日本のコンテンツ制作会社は、有料動画配信大手の下請けになっていく。

 その結果、優れた日本製コンテンツは、欧米の有料動画配信大手と契約しなければ見ることができなくなる。それだけにとどまらず、有料動画配信大手は、市場原理に基づいて、とくに日本で利益を上げるというより、中国を含めたアジア全体で利益を上げるもの、つまり、日本風ではあるがアジア的なものを作るように強いるかもしれない。

 言い換えれば、日本のコンテンツ産業は、有料動画配信大手という文化帝国の属国にされてしまうかもしれない。

 これを防止するためにできることは何か。この点については、本書の最後に私案を述べることとするが、簡単に言えば、旧来の放送局ではなくコンテンツそのものに重きをおいていく方向に進めるべきだ、ということになる。

 前編で述べたように、NHKと似たBBCがあるイギリスは、この方向に向かっている。つまり、有料動画配信大手に対抗し、イギリス人がイギリス製のコンテンツを見続けるために、人々の心をつかむコンテンツが作れないBBCに許可料(日本のNHK受信料にあたる)を独占させるのではなく、ほかのコンテンツ制作機関に回すようにしようとしている。それによってイギリスが有料動画配信大手の文化的属国にならないようにしようとしている。

 BBCだけではない。公共放送の受信料の廃止は世界的趨勢になっている。有料動画配信大手の影響力の拡大は、先進国に共通してみられることだからだ。これらの国々では、放送を動画配信が脅かしている。多くの人々が、放送よりも有料動画配信を含めた動画配信を多く見るようになっている。だから、見なくなった公共放送に受信料を払うのを嫌がっている。この流れは年を追うごとにはっきりとしてきている。

受信料規定に胡坐をかいている

 このような世界の流れにもかかわらず、NHKは放送法に受信料の規定があるのをいいことに国民に対して強権的態度を強めてきている。

 つまり、NHKを見ようと見まいと関係ない。あなたが払いたいか、払いたくないかもどうでもいい、払うことになっているのだから払えという姿勢だ。

 だが、NHKは自分でも考えてみたことはないのだろうか。なぜ、見ていないのに、受信機があるだけでNHKと契約を結ばなければならないのか。テレビには、NHKの放送だけでなく、民放も映るのに、なぜNHKにだけ受信料を払うとされているのか。契約の自由が憲法によって保障されているのに、強制的に契約させるのはおかしいではないか。だから、この規定は、訓示規定、すなわち規定を順守しなくても、処罰の対象にならず、また、違反行為そのものの効力も否定されないものと考える法学者がいる。つまり、受信契約を結ばないことが違反だとはいえても、それを罰することはできないということだ。

 しかも実は法律をきちんと読めば、受信料を払わなければならないとなっていない。それが定められているのは放送法の中ではなく、「日本放送協会放送受信規約」、つまり私的契約規定の中だ。なのに、NHKはこの受信料規約を根拠として、NHKを視聴しようとしまいと、受信契約を望もうと望むまいと、国民から受信料を強制徴収できるかのように振る舞っている。これは大問題だ。

 本書で詳述することになるが、もともと法律が作られた占領期にさかのぼって、受信料の規定には矛盾があり、齟齬があり、理にかなっていなかったのだ。法律そのものが最初から、それを押し付けたGHQと日本側の通信官僚たちの思惑の違いから、おかしなつくりだった。しかも、占領が終わった後も改正せず、おかしいままに放置してきた。むしろ、時の総理大臣、吉田茂とその愛弟子佐藤栄作は、放送法に、木に竹を接ぐような、とんでもない大改悪を行った。その後も受信料の矛盾は大きくなり続けたが、有料動画配信大手がシェアを伸ばして放送にとって代わろうとしている現代では、その矛盾が以前にもまして大きくなっている。

 受信料の問題は、NHKにとってばかりでなく、日本の放送産業、コンテンツ制作産業、政治、言論にとっても大きな問題だ。そして、現在においても問題だが、過去においてもそうだったし、このまま放置すれば、未来もそうであり続けるだろう。

 現在にいたるまで、受信とは放送を受信することだった。だが、これからは受信とは放送ではなく動画配信を受け取ることを意味するようになる。いやすでにそうなっている。

 このような根本的な変化に直面して私たちは、もはや「払うことになっているから、払うのだ」という答えには満足しなくなっている。それなのに、NHKはまったく応えず、自分の論理、あるいは嘘を繰り返している。

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 有馬氏が指摘しているのは、従来通り、自動的に受信料がNHKに流れ込むようなシステムの下では、国際競争力を持つようなコンテンツを作れないのではないか、ということだ。あらゆる情報やソフトがグローバルな競争にさらされている中、国内で競争原理にさらされないままで良いものが生まれるのか。

 イギリスはすでにこの視点から変わろうとしている。日本はどうするのだろうか。

『NHK受信料の研究』より一部抜粋・再構成。

有馬哲夫(ありまてつお)
1953(昭和28)年生まれ。早稲田大学社会科学総合学術院教授(公文書研究)。早稲田大学第一文学部卒業。東北大学大学院文学研究科博士課程単位取得。2016年オックスフォード大学客員教授。著書に『原発・正力・CIA』『日本人はなぜ自虐的になったのか』など。

デイリー新潮編集部

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