くりぃむしちゅーやアンタッチャブルと競り合うもコンビ解散…“地方局の顔”になったイケメン芸人は“芸能界引退”寸前だった

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母親の逝去で脳裏をよぎった「芸能界引退」

「何がウケるか分からない」という思いは、元相方・テルのロバート・デ・ニーロものまねがヒットするのを見た時も抱いたという。

「あのものまねは、表に出さなかっただけで、僕とテルが初めて会った時、一緒に行ったキャバクラでもうやっていましたからね。一般ウケすると思ってなかったから出さなかったのに、出したらウケた」

 正解は何かよく分からない。日々磨いている本ネタではなく、一発芸が大当たりして人生を変えることもある。

「25年間そういう世界で生きてきて、宅建で初めて分かりやすく結果が出る経験をしました。楽しくなって、次々に資格を取っていったんです」

 国家資格を取ったことが、「引退」を具体的に考えるきっかけになった。実はその前から芸人としての立ち位置を見失っていたという。

「芸人として本当に一生懸命やってきたけど、どーよを解散した40歳の頃には、もうお笑いに関しては完全に諦めていました。その後は惰性というか、芸人として売れるのは諦めているのに、芸人を辞められないでいました。自信があったレポーターとかMCでやっていければと、だらだら残っていた感じでしたね。おふくろが亡くなった時に、命には限りがあるのに、これは良くないと思ったんです」

 一度は芸能活動から引退しようと考えた背景には、こうした事情があった。

(元「どーよ」後編<2>に続く)

華川富士也(かがわ・ふじや)
ライター、構成作家、フォトグラファー。1970年生まれ。長く勤めた新聞社を退社し1年間子育てに専念。2022年からフリーで活動。アイドル、洋楽、邦楽、建築、旅、町ネタ、昭和ネタなどを得意とする。過去にはシリーズ累計200万部以上売れた大ヒット書籍に立ち上げから関わりライターも務めた。

デイリー新潮編集部

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