てんかん、うつ、ADHD、自閉症スペクトラム症… 大学を中退した「障害者」の僕がゲームエンジニアから開発責任者になるまで

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 厚生労働省によれば、民間企業で働く障害者は全国で約61万4000人(2022年6月時点)。法律で企業に義務付けた障害者の雇用率は現行2.3%だが、24年4月に2.5%、26年7月には2.7%と、今後ますます障害者の活躍の場は広がることになる。その一方で、障害者に適した仕事をどう確保するかで、多くの企業が試行錯誤している現実も見逃せない。そんななか“従来の障害者雇用のイメージをブチ壊す”として、話題を集める企業があるという。

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「自分の病気について、実は深刻に思い悩んだことはあまりなく……。人間、誰しも長所と短所はあると思いますが、病気もある種の“短所”の一つとして捉えれば、おのずと対処や折り合いの付け方なども見えてくると考えています」

 こう話すのはIT開発会社「ガルヒ就労支援サービス」開発室室長の福本哲也氏(34)だ。宮崎県に拠点を置く同社で、「ザ・峠~DRIFT KING 1980~」などの人気スマホゲームの開発に携わり、システム開発の責任者も務める福本氏は、高校時代に「若年性ミオクロニーてんかん」と診断され、薬を服用しながら通学した経験を持つ。

「高校卒業後、東京電機大学に入学したものの、周囲に馴染めず、約1年で自主退学しました。その後、大分県にあるコンピューターや情報関連の専門学校に入りますが、これは自分に向いていること、やりたいことがプログラミングだとぼんやり考えるようになったから。もともとゲームクリエイターの職に就こうと考えていたわけではありませんが、昔からゲームは好きでした。小学生の時にはゲームボーイポケットでよく遊んでいたし、その後はニンテンドー64に夢中になった。中学生の頃にはプログラミングではないですが、独学でHTML(Webページ等の作成言語)をかじったりし、結果的にその経験がいまの仕事に活きていると思います」(福本氏)

 専門学校を卒業した後、プログラミング会社に就職するも「何かを作り出すわけでなく、ただプログラミング言語の書き換え作業を延々とこなす」(福本氏)毎日を送っていたところ、仕事に集中できない日が続くようになる。日中に突然、強い眠気に襲われることも頻発し、不安を覚えて病院に行ったところ、「うつ」、そして「ADHD」と「若干の自閉症スペクトラム症(ASD)」と診断されたという。

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