不安に駆られて「抗うつ剤」がバカ売れ…ウクライナ侵攻1年でロシア世論はどう変わったか 昨年9月に激変した理由
「心配」が「安心」を逆転
ロシアのプーチン政権によるウクライナ侵攻から1年が経ち、戦争に対するロシア社会の受け止め方が外部からは見えづらくなっている。政権が反プーチン・反戦の気運を封じ込めようと、独立系メディアの客観報道や街頭での抗議運動を厳しく規制しているためだが、それでも、国内で行われている数々の世論調査のデータからは、戦時下のロシア人の佇まいや心情がにじみ出てくる。1980年代に、アフガン侵攻で疲弊した国民が政権に反感を抱き、ソ連邦が崩壊する原動力となったように、ロシア世論の動向はこの戦争の行く末だけでなく、国家の命運をも占うだろう。日本にあまり伝わっていない世論調査のデータから、侵攻1年のロシア社会の今を読み解きたい。(前・後編のうち「前編」)【佐々木正明/ジャーナリスト、大和大学教授】
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【写真】報じられることの少ない戦時下のロシア国内の様子。ロシア国民はいま、何を考えているのか
ロシアの国営メディアや政権寄りのネットメディアは、露側に不利になる戦況報道を控えているが、それでも全ての情報が規制下にあるわけでない。長引く戦争が社会に落とす暗い影を反映したニュースが、露メディアからぽろっと漏れることもある。
昨年10月末、露国営タス通信は「2022年は昨年に比べて、抗うつ剤を買うロシア人が急激に増え、売り上げは70%増えている。鎮静剤は、同様に56%増加した」との記事を報じた。
この公式発表は国内外で大きく注目された。折しもロシアの世論調査にもその状況を裏付ける結果が示されていたからだ。
ロシア国内には大手世論調査機関が3つ存在する。そのうちの1つで、親政府系の「世論基金」が、侵攻直前の昨年2月初旬から1週間ごとに、ロシア社会の不安度を問う定期調査を続けている。
「あなたのまわりの親戚や友人、同僚、知人らは今日の状況に安心していますか? それとも心配を抱いていますか?」という問いに対して、昨年9月18日と9月25日で「心配」が「安心」を大きく上回り、状況が逆転した。9月18日に「安心」57%、「心配」35%だった数字は、9月25日には「心配」が69%に急激に増加し、「安心」は26%と激減したのである。
これは、プーチン政権が9月21日に突然、動員令を発令し、全国の健康な若者30万人を選び出して戦地に派遣することが決まり、社会が動揺したことが主な理由だ。
それまで一般のロシア人にとって、戦争は市民生活とはほど遠い、中央の政権が契約した軍人だけが戦う軍事行動だった。が、この動員令によって、我が子や我が夫、会社の仲間や近所の知人らが軍事行動の当事者になりうる事態となった。
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