市原悦子は「お行儀よくカタチにハマるのが嫌い」だった 今も語り継がれる「翔べ!必殺うらごろし」の怪演

  • ブックマーク

必殺シリーズの異色作

 もう一作、印象に残るのは、1972年の映画「木枯し紋次郎 関わりござんせん」(東映)。

 渡世人・紋次郎(菅原文太)は、上州新田郡三日月村の貧農に生まれてすぐ間引きされそうになったところを、姉のお光の機転で助けられた。あてのない旅を続ける紋次郎は、ある夜、目の前の女郎(市原)が口ずさんだ歌から「彼女こそお光だ」と悟る。何も言わず立ち去った紋次郎だったが、自分の弟だと気がついたお光は、その事実を利用しようと企む。朋輩の女たちを見下し、男たちを手玉に取ろうと画策するお光。彼女が放つ毒の矢は心に刺さる。

 そして、異色作として今も語り継がれるのは、1978年のドラマ「翔べ!必殺うらごろし」(テレビ朝日系列/朝日放送・松竹制作)だ。

 必殺シリーズがスタートして約6年、突如として始まったオカルトバージョン。リーダー格の先生(中村敦夫)は太陽を信仰し、狙いを定めた敵に遠方から槍投げのごとく旗を投げて命中させる。ちょんまげなしの男装の若(和田アキ子)は怪力で撲殺。市原は記憶喪失の行商のおばさんで、ぶつぶつひとりごとを言いながらすれ違う瞬間にブスリとやる。この顔ぶれだけでも特異だが、事件のタイトルも「仏像の眼から血の涙が出た」「家具が暴れる恐怖の一夜」など超常現象が続発。ナレーションでは「たとえ、あなたが信じようと信じまいと」と念押しまでされるのだ。

「やるだけやった!」と思いたい

 最終回では、おばさんの過去が明らかになり、壮絶な展開となる。必殺シリーズには時代劇の型にはまらないゆるさや笑える要素があるのだが、市原のおばさんは派手さも遊びもなく超シリアス。本格派の貫禄が漂う異色作の中の異色キャラだった。なお、必殺シリーズとの縁は今も続いており、東山紀之が主演の「必殺仕事人」の市原の語りは、シリーズの名物になっている。

 1996年のNHK大河ドラマ「秀吉」の大政所(秀吉の母・なか)を演じたときは、自ら名古屋弁のイントネーションを特訓。信長(渡哲也)を見て「ええ男~」とつぶやいたり、ふんどし一枚で走り回る秀吉(竹中直人)に「なんでふんどしいちみゃあなんだ」と叫んだりしていた姿も忘れがたい。

「どんな役でもお行儀よくカタチにはまるのが嫌い。そうは言っても私も真面目だから、破くのには勇気がいる。でも、いろいろ試せることが楽しい。失敗したって、うちに帰って『やるだけやった!』と思いたい」

 もっともっと観たかったけど、やるたけやってくださいました! 書き進めるうちに、改めて拍手を送りたい気持ちになった。

ペリー荻野(ぺりー・おぎの)
1962年生まれ。コラムニスト。時代劇研究家として知られ、時代劇主題歌オムニバスCD「ちょんまげ天国」をプロデュースし、「チョンマゲ愛好女子部」部長を務める。著書に「ちょんまげだけが人生さ」(NHK出版)、共著に「このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100」(講談社)、「テレビの荒野を歩いた人たち」(新潮社)など多数。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。