棋王戦連勝で「最年少六冠」に王手 “AI越え”の藤井聡太が指した「人間らしい手」とは
2月18日、石川県金沢市の北國新聞会館で行われた棋王戦五番勝負の第2局。史上最年少六冠を目指す挑戦者の藤井聡太五冠(20=竜王・王位・叡王・王将・棋聖)が渡辺明二冠(38=名人・棋王)を132手で制し、2連勝で新タイトル奪取へ王手をかけた。棋王11連覇を狙う渡辺は失冠の危機に追い込まれた。【粟野仁雄/ジャーナリスト】
美しい形で詰んだ
これまで「AI(人工知能)越え」などと言われていた藤井が、「人間らしい手」を指しながらも確実に勝利を手繰り寄せる「新たな強さ」を見せた。
棋王戦は共同通信社の主催で1974(昭和49)年から始まり、翌年に公式タイトルとなった。渡辺は竜王と棋王の永世称号を持つが、「5期連続」という条件がある棋王は、永世称号の中で最も獲得が難しい。事実、棋王の永世称号は、渡辺のほかは羽生善治九段(52)が有資格者なだけである。
先手は渡辺。「角換わり腰掛け銀」から両者先の見えない「ねじり合い」の中盤が長く続く熱戦のまま、終盤に突入。正確な差し回しで差を広げる藤井が、角を重ねる「二枚角」で渡辺玉を追い込み詰ませた。藤井は後手での連敗を3で止めた。
藤井の132手目、桂馬での王手を見た渡辺は、盤に手をかざして投了した。実はここから渡辺玉が詰むまでに20手もかかる「即詰み」。投了図を見て渡辺玉が詰んでいるのを理解できる人は相当の達人である。ABEMAで解説していた木村一基九段(49)によれば、最後は非常に美しい形で詰む対局だった。
藤井は「駒損で苦しいと思っていたので、決め手を与えないように粘れるかどうかと思っていました」と語った。一方の渡辺は「午後に入って難しくなった、一段落して一気に攻めたのがまずかった」と述べた。
藤井は終盤、取られそうになった竜で「6七」の位置で渡辺玉を守る銀を奪って切ってくる(飛車角を捨てる)かと思いきや、意外にも「8六」に引いて逃がした。その竜が最後には渡辺の反撃から玉をしっかり守る。藤井の大局観が光った。
大盤解説の会場で挨拶した2人は、対局室に戻って感想戦を1時間以上も行った。
「中途半端だったんだけど、押せ押せだったから桂馬を跳ねちゃった」などと振り返る雄弁な渡辺に、藤井は終始、笑顔で応じていた。立会人の田中寅彦九段(64)の「この辺でよろしいのでは」で渡辺が駒を収めたが、2人は食事も忘れていつまででも続けていたい様子だった。
109分の大長考
対局中盤の昼食後、渡辺は対局室に戻って指した一手「6八銀」で、自陣の守りを固めた。途端、互角だった数値が下がった。「なぜ角で香車を取れる時に取っておかないのか。悪手では?」と単純に思ってしまったが、銀を「6八」に引いたのは藤井に飛車を打ち込まれる「王手香車取り」を警戒したものでもある。
木村九段は「評価値が下がったから『6八銀』を悪手と評価する人が出てくると思うんですが、実はそうではないんです」と話し、「これ(6八銀)をあまり藤井さんは想定していなかったのではないか。でも、奥が深い手。藤井さんは渡辺さんの手に感心しているのでは。ここは勝負どころです。今から1時間半以上考えてもおかしくない」と話した。
木村九段の予言通り、藤井は109分の大長考に沈む。最大1時間半ほど開いていた残り時間(持ち時間は各4時間)の差が、みるみる縮まる。
そして藤井は渡辺陣の「4九」に飛車を打ち込んだ。だがAI推奨の最善手は「2四飛」だった。渡辺の角を殺しに行く方向だが、藤井はそれを選ばなかった。
局後、藤井は「『2四飛車』も考えたけど、『4九飛車』として『4五銀』の狙いでやったんですが、『4四香』と打たれてタイミングがなく、失敗した。よくないほうを選んでしまったのかな」と話した。もちろん対局中にAIなど見ていないが、さすがにその手も読んでいた。
木村九段は「理論的にはそう(最善手)でも『2四飛車』は人間としては指しにくい手。やはり手持ちの飛車は相手陣に打ち込んで使いたいもの。そっちのほうが人間らしい手ですね」と解説していた。
手持ちの飛車をなるべく早く竜に成れる敵陣に打ち込んで、玉を脅かしたいのは素人将棋でも当然の発想だ。「2四」に使ってしまうとそれが遅れる。そんな素人発想ではないだろうが、藤井は結果的に「人間らしい手」を選択したのだ。藤井もやはり人間だった、とは浅薄な感慨だが、「AI越え」などと評される藤井が熟慮の末にAIの推奨した手を選ばなかったのも興味深い。
棋王戦第3局は3月5日に新潟グランドホテル(新潟県新潟市)で行われる。
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