「今だけお得!」のネット通販が利用する脳の機能 中野信子氏が「タイムプレッシャー」の本質を解説

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 テレビの通販番組やネット通販でおなじみの手法が、「今だけ」を強くアピールする、というものだ。

「このあと30分だけ、なんと特別価格でご提供です」

「10分以内にクリックすれば特別ポイント還元!!」

 ついついこの種のセールストークに乗せられて、要らないものを買ってしまった、という方もいることだろう。だからこそこの手法はずっと用いられているのだ。

 実際、脳科学でも、人間が時間に追い立てられて下した判断は論理的でも正確でもなく、エラーが多くなることがわかっている。中野信子氏の最新刊『脳の闇』から興味深い研究成果を紹介しよう。

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急かされた時に脳はどう働くか

 なぜ、私たちはタイムプレッシャーがあるとき、ミスを犯してしまうのだろうか?

 この現象に関する研究成果について少々、言及してみたいと思う。
 
(1)直感で物事を判断するとき
(2)じっくりと時間をかけて意思決定するとき

(1)と(2)それぞれのプロセスはスピードが違うだけで、基本的な機能や構造は同一であると考えられてきた。

 しかしアメリカのヴァンダービルト大学の研究によれば、これらの脳内におけるプロセスはまったく違うという。

(1)の直感を働かせて判断しているときには、(2)のじっくりと時間をかけて意思決定するときに使われる、論理的な機構が機能していないことが示唆されたのだ。

 研究グループが行ったのはサルを使った実験である。まず、サルを、エラーを起こしてもいいから、とにかく早く正解を選択することを指示されたグループと、時間をかけても正確さを重視するよう指示されたグループに分ける。そののち、モニターに映し出されたオブジェクトと同じものを選ぶ課題の遂行で、その時の脳の活動がどのようであるかを測定した。

 その結果、同じ課題であっても、とにかく早く正解を選択する──いわば直感で迅速に判断するときと、ゆっくり熟考して正確性を重んじて決断するときでは、前頭前皮質の活動がまったく違っていたのだ。つまり、この二つの状況下では、脳内における情報処理は異なる様式で行われていたということになる。

ネット通販が脳にプレッシャー

 たとえば、ECの店舗サイトなどで「残り9枚です」とか「これを見ている人が100人います」といった情報が表示されているのを見て、思わず「購入する」をクリックしてしまうという経験をしたことがある人も多いと思う。ヒトの脳は、プレッシャーに弱いのだ。

 脳の前頭前野に「背外側(はいがいそく)前頭前皮質」と呼ばれる部位があり、ここは冷静にものを考えて損得を計算する領域として知られている。

 ところが、「背外側前頭前皮質」は体調や気分によって機能が十分に発揮できなくなりやすい。寝不足だったり、アルコールを取って気分が良くなっていたりすると、機能が少し落ちる。

 今回の研究結果から「タイムプレッシャー」があるとき、その機能が低下するのは、脳内でまったく違う機構が働くためであり、見かけ上、冷静な判断が阻害されて、焦りによってつい購入ボタンをクリックしてしまうという行動が誘発されたように見える、ということが明らかにされたことになる。

 200個限定でシリアルナンバー入り、といった販売促進策がよく取られる。ヒトはまた、「限定品」にも弱い。「タイムプレッシャー」も「限定品」も、「後で買えないかも」という不安を誘発することによって、冷静に計算する機能を低下させ、結果的に購買欲があおられるのである。

 私たちは、純粋にそのものの価値を測って、それだけに基づいて購買の意思決定をしているわけではないのである。

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「いまクリックしないと後悔するかも」――そんな考えが頭によぎった時には、「タイムプレッシャー」という言葉を思い出すようにしてみてはいかがだろうか。

※中野信子『脳の闇』(新潮選書)から一部を再編集。

デイリー新潮編集部

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