「魔将」と呼ばれたヤクルトの助っ人、「ガイエル」が発揮した“特殊能力”

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カナダ代表として米国相手に番狂わせ

 いささか創作が過ぎる気がしないでもないが、実は、ガイエルは来日前にも同様の異能ぶりを発揮していた。

 2006年の第1回WBCにカナダ代表として出場したガイエルは、1次ラウンドの米国戦の2回に右飛を打ち上げた。
 
 ところが、ライトが前進してダイレクトキャッチを試みた瞬間、打球はフォークボールのようにストンと落ち、差し出すグラブをスルリとすり抜けて後方へ。この間にガイエルは一挙三塁を陥れた。

 この“魔空間三塁打”でリズムを崩したのか、優勝候補の米国は5回までに大量8点を失い、メジャーの若手と3A主体のカナダに敗れる番狂わせ。ヤクルト関係者がこのプレーを見て、ガイエルの数字に表れない“何か”を感じて獲得したのなら、先見の明があったと言えるかもしれない。

“サイレントホームラン”

 1年目に35本のホームランを放ち、「20本塁打以上」の条件を満たして、2年目の契約を勝ち取ったガイエルは、翌2008年も“異能”でアピールする。同年4月12日の巨人戦、1対4と劣勢の6回にガイエルは高橋尚成から右翼線に大飛球を打ち上げた。

 普通なら切れてファウルになってもおかしくない打球は、まるで念力が乗り移ったかのように、フェアゾーンギリギリでスタンドへ……。

 あっけに取られた観客たちが沈黙したことから、“サイレントホームラン”として語り継がれている。この一発で勢いづいたヤクルトは、7回にリグスの3ランなどで4点を挙げ、鮮やかな逆転勝ちを収めた。

 09年6月5日の楽天戦では、FC東京・平山相太の始球式で、打席に立ったガイエルが死球を受けたことから、“死球式”が伝説の新たな1ページに加えられた。

 翌10年3月27日の巨人戦では、中越えに放った本塁打性の飛球を一度はフェンス上部に当たったとジャッジされながらも、同年から導入されたビデオ判定の結果、NPB史上初の“ビデオ判定本塁打”になった。

「素晴らしいルールだ。(二塁ベース上で)サカモト(坂本勇人)が“入っていたよ”と言ってくれた」と大喜びのガイエルだったが、これまた一部のファンによって「フェンス付近の空間を歪めた」と異能に結びつけられたのは言うまでもない。

 2011年限りで現役を引退したガイエルは、19年にヤクルトとアドバイザリー契約を結び、新外国人のスカウティングも担当している。かつての“魔将”のように、打席に立っただけで「何かが起きる」とワクワクさせてくれるような助っ人をもう一度見たいと願うファンも多いはずだ。

久保田龍雄(くぼた・たつお)
1960年生まれ。東京都出身。中央大学文学部卒業後、地方紙の記者を経て独立。プロアマ問わず野球を中心に執筆活動を展開している。きめの細かいデータと史実に基づいた考察には定評がある。最新刊は電子書籍「プロ野球B級ニュース事件簿2021」上・下巻(野球文明叢書) 

デイリー新潮編集部

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