人口は35分の1に 無人の幼稚園の前を戦車が通る、ウクライナ激戦地「バフムート」のリアル

国際

  • ブックマーク

「このままでは、ここはボランティアの墓場になる」

 幼稚園の近くで暮らす市民から食材が尽きたと支援団体に連絡が入り、メンバーが届けた途端、砲撃があった。

 幸いにも、メンバーは軒下に逃げ込み難を逃れることができたが、2月2日、この街で米国人ボランティアが命を落としている。救急車に乗車中、ロシア軍の砲撃を受けたのだった。

「このままでは、ここはボランティアの墓場になる」

 UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)の現地スタッフはそう言って現状を嘆いた。

「我々にとって要塞だ」

 と、バフムート死守を唱えたゼレンスキー大統領。徐々に狭まるロシア軍の包囲網を押し返せるのか。

1日で千人の自国兵士を犠牲にしても前進をやめないロシア

 鍵はその地形にある、と説明したのがウクライナ陸軍のシルスキー司令官だ。

「街は圧倒的な小山と高地に囲まれ、敵への障害になっている。私たちは自然的な能力も利用して戦っている」

 バフムートの周囲は300メートル級の丘が取り囲む。しかし、それゆえ中心部はすり鉢状になっていて、敵に丘を突破されれば一気に陥落してしまう恐れがある。

 現在の街は、24時間で千人もの自国兵士を犠牲にしてもなお前進中とされるロシア軍によって、北から南西まで囲まれたような状況だ。
 
 バフムートを守るウクライナ兵はこんな不安を口にする。

「持ちこたえるにはF16戦闘機や高性能の戦車が必要。でも、ここに届くのはひと月以上先だ」

 終結が一向に見えないまま1年を迎えるウクライナ戦争。住民にとって命を懸けた試練の日々が、今も続いている。

尾崎孝史
映像制作者、写真家。NHKでドキュメンタリー番組の映像制作に携わるほか、映画『未和 NHK記者の死が問いかけるもの』(Canal+)を監督。著書に『汐凪を捜して 原発の町大熊の3・11』(かもがわ出版)。『未和 NHK記者はなぜ過労死したのか』(岩波書店)。写真集『SEALDs untitled stories 未来へつなぐ27の物語』(Canal+)で日隅一雄賞奨励賞、JRP年度賞。ウクライナ侵攻後は、現地に移住し、週刊新潮、東洋経済オンライン、毎日新聞などに寄稿。

撮影・尾崎孝史

週刊新潮 2023年2月23日号掲載

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。