割に合わない「闇バイト」よりは「海外治験」? 薬の副作用などのリスクも(古市憲寿)

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「闇バイト」が話題である。「闇」の言葉通り、犯罪になり得る行為で報酬を得るアルバイトのことだ。

 そんなバイト、どこで応募するのかといえば、多いのはSNS経由で勧誘されるパターンである。「日給5万から10万稼ぐ人もいます」「内容は簡単、すぐ始められます」といった甘い言葉に釣られてメッセージを送ると、犯罪に加担させられる仕組みだ。

 当初は携帯電話の転売など「簡単」な仕事から始まり、次第に振り込め詐欺の受け子などをさせられる。途中でやめようと思っても、個人情報を渡してしまっているので「警察に言うぞ」などと脅されてしまう。そして最後は強盗などの凶悪犯罪に関わる、といったパターンが多いようだ。

 一言で言えば、割に合わないバイトである。もちろん一般的なアルバイトよりも給料は高い。だが当然リスクも大きい。いくらバイトとはいえ犯罪は犯罪。初犯かつ従属的な立場だったとしても、強盗は検挙率が高く実刑にもなりやすい。

 仮に懲役5年の実刑だったとしよう。5年間、最低賃金で週40時間働いたとしても、地域によっては1千万円以上になる。それほどの対価を得られる闇バイトは少ないだろう。また日本社会は元犯罪者に寛容とはいえないので、出所後にいい仕事に就ける可能性は高くない。

 それなら「オススメはしないが合法的なアルバイト」を選んだ方がいい。昨今は海外治験などが話題である。「アメリカ14泊で130万円」などの高額案件も珍しくない。多くの場合、渡航費は先方の負担で、通訳がいるので外国語を話せなくてもいい。海外を楽しみながら治験を繰り返す人を「プロチケラー」と呼ぶそうで、YouTubeや動画サイトには経験談が溢れている。

 もちろんリスクもある。薬の副作用が出た場合、十分な補償がなされない可能性もある。特に海外の場合、裁判を起こすだけでも一苦労だ。またプロチケラーの一部が、十分な休薬期間を設けずに治験を繰り返すため、体に負担がかかるばかりか、正確なデータが取れずに新薬開発の妨げになるケースもあるという(「SPA!」1月24・31日号)。

 なぜ「今の社会」が存在しているかといえば、ある程度はよくできているからだ。資本主義のもとでは需要と供給、リスクなどに応じて手にできるお金が決まる。世界中の人々が参加する資本主義というゲームで、楽して安全に高額が得られる仕事など多くはない。あったとしても既に誰かが見つけてコモディティ化しているか、当局が法律などで規制をしているはずだ。

 もちろん今の社会が完璧なわけではない。よりよい社会は可能だ。犯罪の撲滅は不可能でも、犯罪が起こりにくい環境は作れるかも知れない。北欧ではキャッシュレス化を進めたことで強盗が減っている。2022年、デンマークでは銀行強盗件数がゼロを記録したという。日本でも家に現金を置かない習慣が広まれば強盗は減るだろう(代わりにオンライン詐欺は増えそうだが)。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2023年2月16日号掲載

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