日銀次期総裁・植田和男氏の酒豪伝説を本人に聞いてみた 周囲を驚かせた“天才エピソード”も「バブル崩壊を予言」

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「こんなに酒が強い人がいるのか」

 日本銀行の新総裁として白羽の矢が立った東京大学名誉教授の植田和男氏(71)。周辺を取材すると、「戦後初、学者出身の総裁」というお堅いイメージとは裏腹に、相当な酒豪であり、銀座や六本木のクラブ通いを楽しむ意外な素顔が見えてきた。

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 植田氏は、東京大学理学部を卒業後、同大経済学部へ学士入学。1980年に米マサチューセッツ工科大学で博士課程を修了し、カナダの大学の助教授、大蔵省財政金融研究所の研究官などを経て、89年に東京大学の教壇に立つことになった。

 厳しい指導で知られた一方、生徒と酒を酌み交わすことも好んだ。当時「植田ゼミ」1期生として薫陶を受けた関東学院大学教授の中泉拓也氏(ミクロ経済学)は、「こんなに酒が強い人がいるのか」と驚嘆したエピソードを明かす。

「ゼミの飲み会になると酒に酔ったような素振りを見せるのに、その実、全く酔っていない。泥酔したのを見たことがありません。ビールにブランデー、日本酒まで何でも飲みます。当時、草津や千葉の白子などへゼミ旅行に行くと、先生が一番酒が強いので深夜まで飲んでいる。カラオケもお好きでした。よく高橋真梨子さんの『桃色吐息』を歌っていて、その後、ゼミ仲間との飲み会ではその曲が先生の十八番ということになりました。ただ、さすがにいまは激しい飲み会はやっていないでしょうね」

公用車で六本木のホステスと同伴

 もっとも、酒絡みでは日銀政策委員会の審議委員時代に“醜聞”が書かれたこともあった。

 2000年の週刊ポストは、植田氏が日銀の公用車で六本木のクラブのホステスと同伴し、クラブをはしごして連夜、豪遊していたと報じている。

「夜のお店は昔から好きみたいで、銀座や六本木のクラブに頻繁に通っていたと聞きます。飲み仲間に野村総研のエコノミストだった政治経済学者の植草一秀さんもいたそうです。04年に女子高生のスカートの中を手鏡でのぞこうとして現行犯逮捕され、“ミラーマン”として騒動になった植草さんです。植田さんとは大蔵省の財政金融研究所で机を並べていた関係でした」(植田氏の知人)

 当の植田氏に都内の自宅前で話を聞いたところ、隠すこともないようで応じてくれた。

――よく銀座や六本木のクラブで飲まれていた。

「当時の知り合いの方に連れて行ってもらった感じだと思います。支払いは割り勘の時もありましたし、私が払った時もありました」

――植草さんとそういったお店に行かれていた。

「はいはい、植草くん。40年前とかですよ。クラブではなく、居酒屋に行っていましたね」

 むろん、これはプライベートの一面であって、経済学者としての評価は高いことを忘れてはなるまい。前出の中泉氏によれば、植田氏は数式を「普通の文章を読むようにして読み解いてしまう」ほど数学に長けており、日本中が好景気で浮かれていた90年ごろには「経済状況を分析するとこれはバブルだから長続きしません」と崩壊を予言していたという。

 数字にも酒にも強い新総裁は、日本経済を上昇気流に乗せることができるだろうか。2月16日発売の「週刊新潮」では、幼少期からの“天才エピソード”などと併せて、植田氏の素顔について詳報する。

週刊新潮 2023年2月23日号掲載

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