作家・燃え殻さんが語る、3年半交際した恋人と別れ際に交わした“切なすぎる会話”

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「桜ってすごいよね。ちゃんと飽きられる前に散るんだから」

 僕たちはやけに気が合った。別れるのが惜しいくらいには気が合っていた。ただ彼女はモテる人で、そのころの僕は気が焦って、イライラしてばかりのような状態になってしまい、数カ月前から関係は破綻していたんだと思う。そんな僕を、「解放してあげるよ」と言わんばかりに彼女は別れを切り出し、最後に一夜を共にし(そこは関係ないだろ)、いつも行っていたカフェでいつも通りにモーニングを食べてさようならをしよう、と提案された。

「もうすぐ2001年だよ。ウケるね」

 もう何がウケるのかウケないのか、これを記すべきなのかべきでないのか、僕にはまったくわからないが、彼女のセリフを覚えている。トイレの近い僕は、ちょっと、と席を外す。戻って来ると彼女の肩が震えているのに気付く。相変わらず店内には僕と彼女と店主しかいない。店主のほうに目をやると、スッと視線をそらしてくれた。

 呼吸を整えてから、咳払いを一つして、僕は席に戻る。彼女はベチャベチャと顔にたくさんついた涙を両手で拭いて、「泌尿器科に行くんだよ」と母親のようなことを言う。「それから人間ドックもちゃんと行って」「あとお酒は飲まない日も作ってよ」と言って、また泣いた。

 僕は「わかった」「わかった」「わかったよ」と告げる。彼女が目黒川のそっけない冬の桜の木を眺める。涙は流し放題だ。そして彼女はおもむろに言う。

「桜ってすごいよね。ちゃんと飽きられる前に散るんだから」と。

燃え殻(もえがら)
1973年生まれ。テレビ美術の制作会社勤務のかたわら、WEB連載の小説で注目を集める。その書籍化、『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーに。週刊新潮でのエッセイを単行本化した『それでも日々はつづくから』(同)も好評発売中。

週刊新潮 2021年12月30日・2022年1月6日号掲載

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