「世間の目に負けて働いてしまう」 作家・燃え殻さんが疲れると「労働に向かない友人」に会いたくなる理由

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鍵の開いている部屋から「開いてまーす」

 久しぶりに本腰の入った疲れと、面倒な人間関係に巻き込まれてしまい、この世がホトホト嫌になって、僕は高円寺に向かった。そして彼のアパートの部屋のドアをノックする。

「開いてまーす」

 扉の向こうからピッキング犯ならズッコケる声がした。彼は一年中、部屋に鍵をかけない。僕は「おつかれー」と扉を開けると、中から柴犬が1匹走ってきて、部屋の中をぐるぐる回って、それから彼の横に座った。「この間から一緒に住むことになってさ」と彼は万年こたつの中に入りながら柴犬の頭を雑になでた。なんでかは聞いても仕方がない。そうなんだ、と言って僕も万年こたつに足を入れた。

 疲れると彼の顔が見たくなる。人間に会いたくなるのだ。

燃え殻(もえがら)
1973年生まれ。テレビ美術の制作会社勤務のかたわら、WEB連載の小説で注目を集める。その書籍化、『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーに。週刊新潮でのエッセイを単行本化した『それでも日々はつづくから』(同)も好評発売中。

週刊新潮 2021年9月16日号掲載

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