ダイアモンド☆ユカイが語る「鮎川誠さん」秘話 YMOが導いたメジャーでの成功

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YMO風の音に抵抗した鮎川さん 気持ちを変えた「細野晴臣」の言葉

 細野さんと組んだことで、シナロケにYMO的なエレクトリックな音が持ち込まれた。しかし昔からのロックとブルースにどっぷりつかってきた鮎川さんは、ピコピコ音には抵抗があったそう。「俺はこんな音楽、みんながっかりするかもしれんち思っとった。ロックをやってきて、二枚目でピコピコとね」と思いながら、レコーディングに臨んでいたけれど、細野さんの一言で一気に認識が変わったそうだ。「俺は自信が無かったんやけど、細野さんは“何言ってるんだ、鮎川君。面白いことやろうよ。誰もやってないことやろうよ”っちね。この言葉がロックやね。あれは細野さんなりのロックやった」。

 細野さんの言葉、本当に素晴らしいね。この言葉は俺にも響くよ。YMOとシナロケがデビューした当時、高校生だった俺は、ブルースロックに固執していたから、YMOのピコピコした音が受けつけられなかったんだ。当時の新しいモノをどう受け止めたらいいかわからなかったな。

感動して鳥肌が立った「レイジー・クレイジー・ブルース」

 しかし、そんな高校生の俺も、細野さんプロデュースでピコピコを取り込んだ「真空パック」にはハマった。特に「レイジー・クレイジー・ブルース」を初めて聴いた時は、感動して鳥肌が立った。

 一昨年、鮎川さんにDiamond Shakeのライブに出てもらった時、ステージで鮎川さんのどの曲を演奏するか話し合っていたら、シャケが真っ先に言ったのが「レイジー・クレイジー・ブルース」だった。シャケも好きな曲だったんだね。

「真空パック」は本当に名作だと思っている。ロックとエレクトリックを見事に融合させた、最初期のアルバムの一つじゃないかな。音楽って常に進化していく。細野さんと鮎川さんは間違いなく、あの時代に新しい一歩を踏み出した人たちだ。

 鮎川さん、今ごろ天国でシーナさんや盟友のウィルコ・ジョンソンと再会して、またギターを弾いているだろうね。そして、ジョン・レノンやジョージ・ハリスン、ブライアン・ジョーンズ、エルモア・ジェームス……。好きなミュージシャンを見つけて音楽談義をしていると思う。目をキラキラさせながら、ね。

 Rock 'n' Roll!

華川富士也(かがわ・ふじや)
ライター、構成作家、フォトグラファー。1970年生まれ。長く勤めた新聞社を退社し1年間子育てに専念。2022年からフリーで活動。アイドル、洋楽、邦楽、建築、旅、町ネタ、昭和ネタなどを得意とする。過去にはシリーズ累計200万部以上売れた大ヒット書籍に立ち上げから関わりライターも務めた。

デイリー新潮編集部

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