「謝られても、まったく許せる気がしない」 かつていじめを経験した作家・燃え殻さんが、生きづらい人々に送るメッセージ

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たった1秒前のことのように、心臓の真ん中に痛みが

 僕はそれを読んで、あの掃除用具入れの中で、息を潜めていた自分のことを思い出してしまった。大きく揺らされる狭い箱の中、できるだけ体を小さくしながら、僕はタイムマシンを渇望していた。一気に未来に飛んで行ってしまいたかった。

 あのとき飛びたかった未来に、いま僕は生きている。タイムマシンに乗って未来に来た、そう感じるときがある。あの掃除用具入れのことを、1秒前のことのように思い出してしまうからだ。

 眠って夢に見てうなされる、なんて生易しいものじゃない。山手線でつり革につかまって、車両の揺れに持っていかれないように踏ん張った瞬間、ふと思い出すこともある。たった1秒前のことのように、心臓の真ん中あたりがズキンとする。たった1秒前まで蹴っていた人間に突然謝られても、まったく許せる気がしない。それはさすがに都合が良すぎる。

 ただ、あの頃の自分のように、死にたい、飛びたいと思っている人に言いたいことがある。やっぱり、タイムマシンはあった。だから、誰も許さなくていい、未来に飛ぶために生き延びてほしい。

燃え殻(もえがら)
1973年生まれ。テレビ美術の制作会社勤務のかたわら、WEB連載の小説で注目を集める。その書籍化、『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)がベストセラーに。週刊新潮でのエッセイを単行本化した『それでも日々はつづくから』(同)も好評発売中。

週刊新潮 2021年8月12・19日号掲載

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