警視庁公安部のお粗末すぎる捜査…国賠訴訟を起こした大川原化工機幹部が語る「中国不正輸出冤罪事件」全真相

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「日本という国を信じていたのに」

 さて、冒頭の裁判に戻ろう。

 大川原社長と島田元取締役が釈放されたのは21年2月5日だった。この冤罪で最大の犠牲者は、やはり相嶋さんだ。20年3月に逮捕され、7月に東京拘置所に移されたが、高齢の上、既往症があり、身体は強靭ではなかった。9月25日に貧血で倒れ、拘置所で何度も輸血処置を受けた。黒色便も見られ、拘置所の医師は「消化管出血」と診断した。10月1日には内視鏡検査で胃の幽門(ゆうもん)部に大きな悪性腫瘍が見つかり、本人に告げられた。緊急入院が必要なことは誰の目にも明らかで、本人や弁護人らが外部の病院での医療を申し入れたが、認められなかった。

 高田弁護士が求めた相嶋さんの勾留執行停止を東京地裁が認め、10月16日の午前8時から午後4時だけ外出が許可されたため、順天堂大学医院で診察を受けた。結果、進行性の胃がんであると判明。高田弁護士の求めで勾留執行停止が段階的に認められ、横浜市の病院に入院した。しかし手遅れで、相嶋さんには体力が残っておらず、手術もできなかった。翌21年2月7日に相嶋さんは他界した。

 遺族は「輸血も必要なくらいの貧血があった9月25日に外部の病院に転院させるべきだったことは明らか。百歩譲って幽門部に潰瘍が見つかった10月1日、あるいは悪性腫瘍と判断された7日には転院させる義務があったはず」として拘置所所属の医師や拘置所長の非を訴えている。

  昨年12月に横浜駅近くで取材した際、相嶋さんの長男はこう話してくれた。

「スリランカ人の女性(2021年、名古屋出入国在留管理局に収容中に亡くなったウィシュマ・サンダマリさん)の場合は、入管施設でまったく診断も受けられなかった中で亡くなった。父の場合は一応、拘置所での診断で結果は出ている。それなのに適切な処置を何もせず、死なせている。殺人と変わらない。日本は『逮捕=有罪』のように見られてしまう社会。無実という結果を知る前に刑事被告人のまま死んでしまった父親は、どんなに無念だったか。私はそれなりにも、この国の正義を信じていましたが、それが今は音を立てて崩れてしまいました」

 民事裁判の場で、公安当局が意図的に犯罪に仕立てた冤罪事件の真相 が明かされなくてはならないが、ひとつ筆者には懸念があった。

「森友学園問題」で公文書改竄を強要されたため自殺した財務省職員の赤木俊夫さんの妻が、損害賠償を求めて大阪地裁に提訴した。この裁判で国側は、1億円余の損害賠償金を払って「認諾」(相手の主張を全面的に認めて裁判を終結させる)してしまい、真相を闇に葬った。賠償金は税金なので、被告の佐川宣寿元財務省理財局長は痛くも痒くもない。

 高田弁護士に「認諾されてしまう可能性はないですか?」と聞いてみた。「損害賠償金も巨額だし、それはないでしょう。全面的に争おうとしているし、認諾すれば自分たちの非を完全に認めてしまうことになりますから」との返答だった。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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