「背が低い」ことは生き残りに不利ではない――身長と寿命の驚くべき法則が判明

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「身長と寿命の驚くべき法則が判明(前編)」

 往々にして身長が低いことは、コンプレックスの要因の一つとして語られる。「弱者」として見られることもある。昨年のM-1グランプリで優勝したウエストランドについては、「背が低い井口が毒を吐いているから受け入れられるのだ」といった分析が散見された。

 しかし、実は生物学的に見た場合、小さいことは必ずしも弱点ではないようだ。

 デンマークの若き分子生物学者、ニコラス・ブレンボー氏の著書『寿命ハック―死なない細胞、老いない身体―』には、生き物の体の大きさと寿命に関する興味深い説が述べられている。小さいことにコンプレックスを感じている人は知っておくといいことかもしれない(以下、同書より抜粋して引用)。

(前後編の前編/後編を読む

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390歳のサメ

 グリーンランド海のアイスブルーの海面のすぐ下を、巨大な影が滑るように泳ぐ。全長6メートルのこの巨魚は決して急がない。最速でも時速3キロメートルほどだ。

 その学名Somniosus microcephalusは「小さな脳の夢遊病者」という意味だ。英語名は少々好意的で「グリーンランド・シャーク」である。学名が示す通り、このサメは俊敏でもなければ賢くもないが、その胃袋からアザラシ、トナカイ、ホッキョクグマの残骸が出てくることもある。

 この謎めいたサメがゆっくり泳ぐのは、時間がたっぷりあるからだ。アメリカ合衆国が建国されたとき、このサメはすでにどの人間より年を取っていた。タイタニック号が沈没したときには281歳だった。そして現在、390歳になったところだ。これからもまだかなり長く生きるだろう、と研究者は予測する。

 しかし、グリーンランド・シャークは無敵ではない。目は発光性の微生物に寄生されており、徐々に失明する運命にある。また、通常は食用に適さない魚だが、アイスランド人という強敵がいる。このサメの肉はトリメチルアミンNオキシドと呼ばれる毒物を多く含み、食べると「サメ酔い」になってめまいを起こす。しかしアイスランドの勇敢な人々はこの肉を食べる方法を発見した。

 グリーンランド・シャークの名が知られているのは、あるリストのトップに位置するからだ。それは長命な動物のリストで、この魚は、これまで記録された中で最も寿命の長い脊椎動物なのだ。脊椎動物、つまり背骨を持つ動物であり、わたしたちの遠い親戚だといえる。人間とこのサメの見た目はずいぶん異なるが、基本的な構造は同じで心臓、肝臓、腸管系、腎臓二つ、脳がある。

 もちろん進化の系統樹において、哺乳類であるわたしたち人間とこの巨魚との間にはかなりの隔たりがあり、基本的特徴の多くが異なる。また、生物学の常識から言うと、進化的に人間に近い動物を研究した方が人間についてより多くのことを学べるはずだ。つまり、昆虫類より魚類、魚類より鳥類や爬虫類。そして言うまでもなく、わたしたちに最も近い哺乳類を研究するのがベストだ。

 奇妙なことに、このサメのすみかには別種の長寿記録保持者も暮らしていて、そちらは、より人間に近い。グリーンランド周辺の海にいれば、体長約18メートルのホッキョククジラに幸運にも出会えるかもしれない。こちらも外見は人間とは大違いだが、体内の器官はグリーンランド・シャークより人間のものに近い。体の大きさに比して脳が大きく、四つの部屋からなる心臓があって肺を持つなど、人間と共通の特徴を多く備えている。

 かつて、この偉大な動物はオイルランプで使う油を採るために捕獲されていたが、今では保護されており、アラスカのイヌピアットのような先住民族だけが必要最小限の狩りを許可されている。もっとも、彼らは昔から必要以上には狩らなかった。近年、彼らが狩った巨大なクジラの脂肪の層から古い銛(もり)の先端が発見された。1800年代に作られたもので、そのクジラは銛が刺さったまま生き延びたのだ。銛という物的証拠と遺伝子解析により、ホッキョククジラは200年以上生きることがわかった。哺乳類では最長寿だ。

悲劇的なサケの一生

 人間よりはるかに長生きする生物がいる一方で、老化の軌跡が人間とはまったく異なる生物もいる。

 人間は指数関数的に老化し、思春期を過ぎると死のリスクは8年ごとに倍増する。生理機能が徐々に低下し、体は弱くなっていく。これは最も一般的な老化のパターンで、身近な動物の大半も同様の老い方をする。

 しかし、自然界には生涯に一度だけ生殖し、その後、急速に老いるというかなり風変わりな動物たちがいる。これは一回繁殖(セメルパリティ)と呼ばれ、自然をテーマにしたドキュメンタリー番組を見るのが好きな人ならパシフィックサーモンの生涯を思い出すだろう。

 このサケは小さな川で孵化し、稚魚はその比較的安全な場所で成長する。その後、川を下って海に出て、成魚になるまで海で過ごす。そしてある時点で次世代のサケを産むことになるが、残念ながら自分が生まれた川でしか繁殖できない。この哀れな魚は流れと傾斜に逆らいながら、時には何百キロも川を遡らなければならないのだ。魚が滝を登れることをわたしは未だに不思議に思う。なんとも過酷な旅だ。

 さらに不幸なことに、サケがおいしいことを知っているのは人間だけではない。遡上を始めるとクマ、オオカミ、ワシ、サギなど流域にいるあらゆる肉食動物が、ごちそうにありつこうと川辺で待ち構える。また、遡上の間、サケは自らに注射を打つかのようにストレスホルモンを大量に分泌し、ほとんど何も食べない。昼も夜も休みなく母なる自然と闘い続ける。サケの大半は故郷にたどり着くことができないが、わずかに帰郷を果たしたものたちが、自分が生まれた小さな川に卵を産み落とす。

 これほどタフなら海に戻るのは簡単だと思うかもしれない。今度は下り坂だし、流れに乗っていけばいいのだから。しかしサケにその気はまったくない。産卵を終えると植物が枯れるように衰弱していく。砂地の川床に受精卵を隠した数日後には親世代のサケはすべて死んでしまう。

 このように奇妙で悲劇的なライフストーリーは、自然界には意外と多く見られる。わたしが好きな例をいくつか挙げよう。

 ・メスのタコは卵を産むと何も食べなくなり、すべてを捧げて卵を守る。そして卵が孵化すると数日後に死ぬ。

 ・オーストラリアに生息するネズミに似た小さな有袋類チャアンテキヌスのオスは繁殖期に強いストレスにさらされ、非常に攻撃的になり、性的に疲弊し、繁殖期が終わると死ぬ。

 ・セミは生涯の大半(最長17年)を地中で過ごし、繁殖期を迎えるとようやく地表に出てくるが、その後数日で死ぬ。

 ・カゲロウの成虫は口が退化しており、羽化した後、1日か2日しか生きない。ある種のカゲロウは成虫になってからの寿命がわずか5分だ。その間になすべき唯一の使命は繁殖である。

 ・植物にも同様の老化を示す種がある。アオノリュウゼツラン(センチュリー・プラントとも呼ばれる)は数十年生きるが、一度だけ開花した後、株全体が枯れて死ぬ。

身長と寿命の法則

 ホッキョククジラは長生きする。約6メートルのグリーンランド・シャークや大型のカメもそうだ。共通するパターンの存在に気付いただろうか。こう言えばどうだろう。平均的なマウスは2年生きればいいほうだ――たとえ飼育され、守られた状態であっても。

 つまり、寿命の長い動物に共通する特徴は、体が大きいことなのだ。一般に、大きな動物は小さな動物より長生きする。クジラ、ゾウ、ヒトは長生きだが、齧歯類(げっしるい)の大半は短命だ。

 おそらくその進化的な理由は、体が大きければ捕食されにくいことにあるのだろう。誰かのディナーになるリスクが少なければ、長生きするメリットは大きい。ゆっくり成熟し、子どもを少なく産み、時間をかけて子育てし、体力と健康の維持に投資できる。一方、常に危険にさらされている種にとって、長生きを望むことに意味はない。それらの種はできるだけ早く成熟しなければならず、未来より今を優先し、子どもをたくさん産んで、少なくともその一部が幸運にも生き残ることを願う。

 このトレードオフを体現しているのがオポッサムだ。生物学者のスティーヴン・オースタッドはベネズエラの熱帯雨林で研究していて、この小さな有袋類がきわめて早く老いることを不思議に思った。同じ個体を2度捕獲すると、前回の捕獲から数カ月しか経っていなくても目に見えて老化しているのだ。

 熱帯雨林は写真では楽園のように見えるかもしれないが、すむ動物にとっては悪夢のような場所だ。いたるところに危険が潜んでいるため、オポッサムは危険に応じた生き方をするようになった。体を大きくすることより、何かに食べられる前に繁殖することを優先したのだ。オースタッドは比較するために、楽園のような環境にすむオポッサムを探し、アメリカのジョージア州沖のサペロ島にその一群を見つけた。島には捕食者がいないので、オポッサムたちは日の当たる場所でのんびり過ごしていた。数千年にわたって比較的安全な場所で暮らしてきた結果、本土に暮らす従兄弟たちより長生きするようになった。長生きする可能性が高ければ、体力と健康の維持に投資するメリットは大きくなる。

 安全な生活が寿命を延ばすことは人間の特別な地位の説明にもなるだろう。人間は大型哺乳類だが、サイズから予想される以上に長生きする。それは、おそらく人間が食物連鎖の頂点にいるからだ。大半の動物は人間を襲うほど愚かではないし、人間も石器時代に比べるとずいぶん安全に生きられるようになった。

 また、安全な生活が寿命を延ばすという仮説は、体のサイズと寿命に関するルールのいくつかの例外の説明にもなる。体が大きければ寿命も長いというルールに逆らう小動物のほとんどに共通する特徴がある。空を飛ぶことだ。鳥類は同じ大きさの哺乳類より長く生きる。空を飛ぶ唯一の哺乳類であるコウモリは、同じ大きさの哺乳類の3.5倍も長生きする。

大型犬より小型犬は長生きする

 大きな動物が小さな動物より長生きすることはご理解いただけただろう。では、犬の中ではどの種が最も長生きするだろうか。グレートデーンかそれともチワワだろうか。犬が好きで、特に大型犬が好きな人なら、大型犬はあまり長生きしないという悲しい事実をご存知かもしれない。通常、グレートデーンの寿命は8年ほどだが、チワワ、ジャック・ラッセル・テリア、ラサ・アプソなどの小型犬は、その2倍以上生きることがある。体の大きな種は小さな種よりも長生きするが、同じ種の中ではこの原則は逆になる。つまり、小さな個体の方が長生きするのだ。現にポニーは馬より長生きする。そしてマウスの中で最も長生きするのは「エームズ・ドワーフマウス」と呼ばれるきわめて小さいマウスだ。

 同様に、哺乳類の同じ種の中では、ほぼ必ずと言っていいほどメスの方がオスより長生きする。このルールはライオン、アカシカ、プレーリードッグ、チンパンジー、ゴリラ、そして人間にも当てはまる。なぜだろう。理由の一つは哺乳類の大半の種においてメスはオスより体が小さいことだ。人間では、男性は女性より15~20パーセント大きく、平均すると女性の方が数年長生きする。もっとも、数は限られているが、ハイエナのように哺乳類の中にもオスとメスのサイズが同じ種が存在し、それらの両性の寿命はほぼ同じだ。

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 まとめると、こういうことになる――大きな動物は小さな動物よりも長生きしやすい。しかし同じ種の中では小さいほうが長寿である。

 かつて国民的な人気を博していた100歳の双子、きんさん、ぎんさんも小柄だった。幸いなことに、現代の人間社会においては小さいから捕食されるといったことは滅多にない。「小さいことはいいことだ」と思っておくのもいいのではないか。「ヒトは別なのでは」と疑う方は、「小さな人」についての驚くべき研究結果を知っていただきたい。

【後編に続く】ガンにも成人病にもならない「山村の小さな人たち」――身長と寿命の驚くべき法則が判明

『寿命ハック―死なない細胞、老いない身体―』より一部抜粋・再構成。

デイリー新潮編集部

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