なぜ「ルフィ」はフィリピンの収容所でやりたい放題だったのか…背景にある「公務員の問題」をマニラ在住歴10年の記者が解説

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怒り出したカミンスカス容疑者

 カミンスカス容疑者と面識はない。直接頼んでも断られると思ったので、別の収容者への面会を装って中に入ったのだ。関係者を通じてある収容者の名前を調べてもらい、受付でその人への面会だと言って入った。その収容者も私のことを知らない。初対面の彼に「僕は昔、この収容所に通っていたんです。だから中の事情を少しは理解しています」と伝えると、何となく受け入れてくれた。

 彼と施設内の広場で話をしていた時に、サングラスをかけ白い野球帽をかぶったカミンスカス容疑者が通りすがった。

 すかさず偶然を装って声をかけると、カミンスカス容疑者は「誰だ?」と瞬時に目を曇らせた。こちらの身分を明らかにすると、まくしたてるように怒鳴られた。

「俺は取材を一切受けない。何もしゃべらない。写真なんか撮るなよ。このやり取りも記事にしたら訴えるからな!」

 ちなみに、カミンスカス容疑者もカネで外部からマクドナルドなどを調達するだけでなく、職員に振る舞う「気遣い」まで見せていたという。

背景にある貧困問題

 正直に告白すると、私自身も「カネ」で取材したことがある。脱税容疑で大阪県警に手配されていた弁護士の日本人男性が収容されていた時のこと。取材を通じて彼とは仲良くなったので、できれば強制送還される日には、収容所からマニラ国際空港までの道中を同行取材したかった。それには車を運転する職員の許可が必要だ。

 ボス格の日本人収容者に相談する「俺にチップくれたら職員に口を利いてやるよ」と言う。迷ったがタバコ代程度の少額を手渡した。するとあっさり職員の車両に同乗できたのだ。

 入管収容所だけではなく、警察署の勾留所、刑務所も同じような腐敗体質を抱えている。これはひとえに、働く職員たちの待遇にも大きく関係している。フィリピンは7%という高い経済成長を実現しているが、貧富の格差は日本の想像以上に激しく、未だに小学校も卒業できない貧困層もいるのが現実だ。

 物価はおおよそ日本の3分の1程度で、最低賃金は1日570ペソ(約1360円)。警察や入管の捜査員や職員は、公務員であっても給与が日本ほど優遇されているわけではなく、捜査費用も不十分だ。「ガソリン代がないから捜査現場に行けない」という話も聞いたことがある。

 こうした環境が汚職の温床になってきたのだ。ゆえに所得水準の高い外国人から金銭を受け取る見返りに、便宜を図るという習慣が常態化してきた。逃亡犯と職員は「共存共栄」の関係にあるのだ。

 近年は、ドゥテルテ前政権が取り組んできた汚職対策により、入管の腐敗体質が少しは改善したのかと思われた。しかし今回の「ルフィ報道」により、撲滅への道のりはまだ遠そうだ。一方でこのフィリピンの「緩さ」こそが良くも悪くも、様々な階層の日本人を惹きつける魅力にもなっているのも事実である。

水谷竹秀(みずたにたけひで)
ノンフィクション・ライター。1975年生まれ。上智大学外国語学部卒。2011年、『日本を捨てた男たち』で第9回開高健ノンフィクション賞を受賞。10年超のフィリピン滞在歴をもとに「アジアと日本人」について、また事件を含めた現代の世相に関しても幅広く取材。5月上旬までウクライナに滞在していた。

デイリー新潮編集部

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