「ストーカー中毒症」には治療が必要になる 危険度をどう見分けるかを専門家が解説
最悪の結果となった福岡市のストーカー殺人事件。ストーカーは決して人ごとではなく、また男性だけがストーカーとなるわけではない。
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長年、ストーカー問題やDVなどの相談に対処してきたNPO法人ヒューマニティの小早川明子理事長は、著書『「ストーカー」は何を考えているか』で、その危険度の判断方法を解説している。
前編では「行動レベル」での判断について見てきたが、後編では「心理レベル」での判断について見ていこう(以下、『「ストーカー」は何を考えているか』第4章 危険度をどう見分けるか より)。【前後編の後編/前編を読む】
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心理レベルでの危険度
「前編」は「行動レベル」での危険度の判断ですが、同時に「心理レベル」での判断が重要です。
それは加害者のメールの文言である程度わかりますし、加害者と被害者の関係を注意深く観察すれば判別できる。さらに妄想の有無など精神面に潜む危険を見抜くことができれば、重大事件は防ぐことが可能です。
加害者の内面の危険度を見る時、私は、(1)リスク(risk=可能性)→(2)デインジャー(danger=危険性)→(3)ポイズン(poison=有毒性)という三つの段階を設定しています。
(1)の段階では被害者の対応次第でよい方向に向かいますが、(2)の段階では危険性が雪だるま式にふくれあがり、警察の警告、カウンセラーや弁護士が間にはいるなど第三者による介入が必要です。そして(3)は、加害者の存在自体が毒、加害者はストーキング病と見てよく、最悪、殺人事件も起きかねないもっとも危険な段階です。一刻も早く自分が逃げるか、相手を排除するか、少なくとも加害者の行動を見張らなくてはなりません。
何も対策を講じなければ、危険度は(1)→(2)→(3)と進むだけで、いくら神頼みをしても逆方向には行かないのです。
破恋型ストーキングでは、被害者が別れを告げると、加害者はまず「やり直したい」と言います。この時点なら、(1)のリスク対応でほぼ対処できます。具体的には、貸し借りは清算した上で、はっきり「別れたい」と言う。この時は二人にならない環境、例えば喫茶店などで話をすることです。そして以後、二人きりなることは避けます。また、二人の別れ話をLINEなどで他人に知らせたりしないことです。
しかし、電話やメールの文言が「責任を取れ」「誠意を見せろ」「消えてほしい」「死んでやる」など切迫してきたら、加害者の心理は(2)の段階に進んでいて、被害者が対応しても効果はなくむしろ危険です。私のような第三者が早急に加害者と面談するか、あるいは弁護士が代理人になるなど、両者の直接的接触を避けて話し合いを始めます。と同時に、家族、会社、学校など、身近で大切な関係者に報告をしておきます。何かあった時は直ちに対応できる態勢を作ってもらうのです。そして、できれば緊急時に身を隠せる場所のめどをつけておきます。いつでも警察や弁護士、時には相手の身内に介入をお願いできるようにこれまでの記録も用意します。
さらに文言が「呪ってやる」「殺してやる」「火をつける」「人生を破壊する」などの脅迫になれば、(3)の段階に達している。もはや警察力によるしかありません。
ストーカーの心理の危険度は、行動からも推し量ります。待ち伏せや名誉毀損は(2)、複数回の待ち伏せや住居侵入、職場への嫌がらせ、追いかけ、復讐行為の依頼などが起きていたら(3)と見なし、証拠を採集して直ちに警察に被害届を出します。
(2)と(3)においては、私はカウンセラーとして加害者と面談し、ストーキングをやめるように説得しますが、それでも聞く耳がなければ、(2)では最低でも警告の申し出、(3)であればストーカー規制法違反か脅迫罪で告訴して逮捕してもらうように指示します。
被害者が警察に告訴しない大きな理由として、報復を恐れる心理があります。被害者の多くは相手が処罰されることを求めていないし、逮捕されてもすぐに戻ってくるという無力感を持っています。
それでも被害届がカウンセラーの指示によるものなら、ある程度報復は防ぐことができます。ただし、気を付けなくてはいけないのは、一度、警告や被害届など刑事問題に対応のステージを上げた場合、可逆的対応をしてはならない、ということです。警告・逮捕・釈放後は当事者同士はもちろん、関係者が同席しても直に会ってはなりません。加害者は、あたかも自分が許されたかのような勘違いをする可能性があります。たとえ謝罪を申し入れてきても、決して面と向かっては対応しないのが鉄則です。
私の場合は最初から加害者に関わっているので、私だけが加害者と会うぶんには、可逆的でもマイナスにはなりませんが、当事者間で話し合うなら、必ず弁護士を間に挟むことです。
釈放後については法制度上いかんともしがたく、ストーカーとの闘いは一生続くという覚悟を持ってもらうしかない。
最近は、保護観察中の加害者や服役中の性犯罪者を対象に、認知行動療法が取り入れられていますが、その後のケアまでは定められていません。加害者の更生について知りたいと思う被害者の多くが、恐怖心を抱えたまま逃げ続けることになっています。
加害者からのSOS
ストーカーにも、ふと冷静になる瞬間があります。自ら制御しないとヤバイ、そう思うのです。私のところには、「止めてほしい」「つかまりたい」「入院したい」「死にたい」などと言って駆け込んでくる加害者が増えています。
最近は月に3~5人は加害者からの相談で、新規受付の4分の1を占めます。以下は、そんな加害者からのSOSメールです(一部略)。
「私はいわゆるストーカーでした。再発しそうで苦しんでいます。
元の彼女とは1年で別れたのですが、どうしても気持ちが残り、一昨年彼女の父親が死んだと聞き、彼女の実家に行きました。喪服を着た彼女が玄関に立ち、そばに旦那さんと子供がいて話しかけられなかった。
彼女たちが帰るのを張り込み、尾行して自宅を特定しました。それから時折張り込みましたが、こんなことをしてはいけないと、半年くらいはやめていた。でもやめているとイライラして、代わりに興信所を使って見張ってもらったりもしました。
新しい恋人ができれば苦しみが取れるかと思いましたが、逆に彼女への思いが強くなってきた。この1年は一人でずっと苦しみと戦い、やがて自分は幸せにはなれない、死ぬ前に彼女に会いたいと思うようになりました。
一日中、彼女と会うことばかり考えていて、無理やり会いに行ってしまいそうです。しかし、行けば最悪の結果になると思う。それが自分でも怖いのです。テレビでストーカー殺人の事件を見ると、自分の姿に重なります。友達に相談してもため息をつかれるだけです。とにかく誰かに気持ちを打ち明けたい。カウンセリングをお願いします」
駆け込んでくるのは、(3)の手前でためらっている人です。
尾行する相手を線路に突き落とそうとした人とは一緒に精神科に行き、そのまま3カ月入院となりました、もう一歩で殺傷事件を起こしたことでしょう。他にも包丁を持って歩いていて怖くなって電話をかけてきた人もいた。彼らは、「ストーキング依存症」から「ストーキング病」の境界線上にいるのです。相手の性格をよく把握し、一段上の段階に入らせない、薄氷を踏むような対応が求められます。
元交際相手を10カ所以上も刺したという人から事件に至る経過を聞いていると、ふと「このままではいけない、誰かに止めてもらわないと」と思うことがあったそうです。事件の前、相手と友人たちが集まっている場所に乗り込んで、全員に暴力をふるった時です。
「誰でもいいから、俺を殴って警察に突き出してほしかった。でも、みんな俺を怖がって、通報しなかった。俺は絶望した。彼女を殺さない自由はもう俺にはない、自分を止められないと分かったんだ……」
二人は数年間不倫関係にあり、女性には夫と子供がいました。女性は彼に多くのお金を貢がせておきながら、彼が借金で首が回らなくなると「お金の切れ目が縁の切れ目」と言ったという。「彼女に尊崇の念を抱いていた」男性は、その一言で「だまされた、悪魔だったと結論し、復讐しようと考えた」のです。
女性は一命をとりとめ、彼は服役しましたが、出所した時も「殺したい気持ちは変わらない」と言って反省はみられなかった。私は、ひどい頭痛と怒りからくる発作を繰り返す男性を医師のもとに連れて行きました。
神経科の治療を続けてからは頭痛や突発的な怒りの発作は減り、徐々に会話も冷静にできるようになりました。私は男性に、女性から謝罪を受けるイメージ療法を施しました。1年ぐらいのうちに男性の顔はおだやかになり、今は自分の心の中に復讐心は見あたらないと言っています。
他殺が心中という解釈に
加害者のほうから駆け込んでこないかぎり、私が加害者と会うチャンスは被害者が相談に来る時だけです。加害者の家族が引っ張ってくることもありますが、もともと家族の言うことを聞かない人が多いので例外的です。
私は被害者から相談を受けると、経緯を聞き、メールの文言に注目し、加害者の心理レベルでの危険度を測ります。他の対策に優先して加害者のカウンセリングを行うのは(2)の段階、せいぜい(3)の初期までにしています。
この段階なら、カウンセリングを意図してまずは会いに行き、被害者の保護と警察に訴え出る支援、加害者の行動監視と医療的措置の機会を作ること(加害者家族とも話し合う)になります。
(3)の頂点に達し、殺人の決意を固めた加害者に対しては、治療と回復という目的は引っ込め、最悪の事態を回避することが最優先になります。狭義の精神病者にはカウンセリングが逆効果となるように、殺人を決意した人にはどんなカウンセリングも効果がない。いわば「ストーキング中毒症」で、自家中毒のような重篤な病態にあります。
そうした場合、被害者の安全確保は当然として、加害者側の家族とも連携して、自宅で暴れたり、自傷行為がある時は措置入院を含めて加害をやめさせる対応、告訴できるものなら警察に逮捕してもらうことを急ぎます。
医学的に「中毒症」は毒性のある物質が許容量を超えて体内に取り込まれ、正常な機能が阻害されている状態です。ストーカーに当てはめると、相手に対する強い関心に意識が占領され続けることで、「殺すしかない」と観念に縛られてしまう。精神が慢性中毒症になっているといえるでしょう。
薬物中毒は適切な薬剤を投与すれば数カ月で8割は解毒可能とのことですが、依存自体がなくなるわけではありません。症状が収まったというので退院させたら、また薬物に手を出すことはよくあります。
ストーキング中毒症も解毒治療が必要で、相手を殺すと決意を固めている時点で、一旦は身柄を拘束し、行動を監視しながら治療を施すべきなのです。
もともと彼らに判断力がないわけではなく、よくよく検討した上で、殺す決断をしている。「殺す」とは自分も社会的に「死ぬ」ということで、その覚悟が要る。カッとなって殺してしまうのではなく、強固な意志と計画性のある殺人です。治療としては入院を前提とした「認知行動療法」や、「条件反射制御法」が有効と思われます。
殺す対象は人だけでなく、相手の飼っている犬や猫ということもあります。あるDV男性は同棲相手ばかりか猫までいじめるので、女性は猫を連れて家出しましたが、職場の帰り道をつけられて避難先を割り出されてしまった。その猫が撲殺されたことで、女性は彼から離れたら自分も殺されると思ったといいます。
私が男性と会って彼女から離れるように説得すると、「あんな女はもういい。ただ出ていくなら庭に埋めた猫を掘り出して、持っていくように言ってくれ」と言う。動物愛護法違反で訴えたものの、証拠不十分で被害届は受理してもらえませんでした。
この女性はその後シェルターに入ることができましたが、愛猫の遺骨が入った小袋をずっと身に着けています。
ストーカーは相手に拒絶され、見捨てられたという被害者意識を味わい続けている。これは耐え難いもので、怒りで全身が持ちこたえられないほどです。
もう1分たりとも耐えられない、相手が生きているだけで屈辱に見舞われる。自分を拒絶した相手の存在は脅威であり、逃げ出したい──。ストーカーは解決法を考えます。それは相手に究極の敗北感を与えること。彼らにとって殺人は復讐であり、何より二度と屈辱を味わわずにすむ「解放」でもあるのです。
しかし、そうして相手を殺した途端に、今度は自分独りでは生きられない、と自殺してしまう。彼らはそれを心中になぞらえることがありますが、ストーカー殺人は、永遠の愛を誓い合う本来の心中とは真逆の行為です。
こういう加害者を治療に結びつけるために、裁判所が医療措置命令を出せるようにならないものかと思います。
ストーカーの大多数は、愛着心理を基底とする「反応的攻撃」をします。殺人、傷害、暴行、自殺などの究極の「反応的攻撃」を防ぐために、攻撃の因果関係を医学的に明らかにし、治療や教育に結びつけることが大切だと思います。(略)
ストーカーというのは、「俺を馬鹿にしている言動はないか」「私を裏切っている言動はないか」と、頭の中で常に検索エンジンをかけ続けているかのようです。率先して自分にとって不快な事象を探し、攻撃の種を拾うことに余念がないのです。しかし、相手との関係分析や自分の精神分析にはきりがありません。
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ともすれば警察の対応に注目が集まりがちだが、医療も含め社会全体での対策が必要なのは間違いない。
※『「ストーカー」は何を考えているか』より一部を抜粋、再編集。