元世界王者・沼田義明が語る「世紀の大逆転KO」の舞台裏 恩師の“呪縛”から逃れた瞬間(小林信也)
グローブの間から顎が
ところがロハスは手強かった。4回、ロハスの重いボディブローが沼田の肝臓に突き刺さり倒れた。苦し気に顔をゆがめながらも、すぐ沼田は立ち上がった。
「父のためにも初防衛しなきゃ北海道に帰れない。その面子だけだった」
ロハスはなおも襲いかかる。実況アナウンサーが悲痛な叫びを上げる。
「危ない、沼田危ない、持ちますかどうか!」
辛くもゴングに救われた。
思えばこの時の沼田はまだ小高理論に縛られ、自由な動きを自制していた……。
5回もロハスの攻勢は続いた。沼田はロープを背に連打をしのぎ続けた。会長への忠誠心と、体の奥底から沸々と湧きあがる本能と感性がせめぎ合っていた……。
「開き直るしかなかった。そうしなければ、倒される」
誰もがKO負けを案じる中、沼田の右アッパーがロハスの顎を捉えた。
「連打していても必ずパンチが止まる時がある。その瞬間を待っていた。グローブの間からロハスの顎が見えた。いまだ! と思って」
呪縛を捨てた沼田は、連打を続け、強烈な右アッパーでとどめを刺した。自ら経営する東京・清瀬駅前のジムで沼田がつぶやいた。
「一度でいいから自分の思い通り練習して、思い通りに試合したかった。夜中に起きて、真っ暗なジムでシャドー・ボクシングをやった。その時だけは楽しかった」
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