元世界王者・沼田義明が語る「世紀の大逆転KO」の舞台裏 恩師の“呪縛”から逃れた瞬間(小林信也)

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グローブの間から顎が

 ところがロハスは手強かった。4回、ロハスの重いボディブローが沼田の肝臓に突き刺さり倒れた。苦し気に顔をゆがめながらも、すぐ沼田は立ち上がった。

「父のためにも初防衛しなきゃ北海道に帰れない。その面子だけだった」

 ロハスはなおも襲いかかる。実況アナウンサーが悲痛な叫びを上げる。

「危ない、沼田危ない、持ちますかどうか!」

 辛くもゴングに救われた。

 思えばこの時の沼田はまだ小高理論に縛られ、自由な動きを自制していた……。

 5回もロハスの攻勢は続いた。沼田はロープを背に連打をしのぎ続けた。会長への忠誠心と、体の奥底から沸々と湧きあがる本能と感性がせめぎ合っていた……。

「開き直るしかなかった。そうしなければ、倒される」

 誰もがKO負けを案じる中、沼田の右アッパーがロハスの顎を捉えた。

「連打していても必ずパンチが止まる時がある。その瞬間を待っていた。グローブの間からロハスの顎が見えた。いまだ! と思って」

 呪縛を捨てた沼田は、連打を続け、強烈な右アッパーでとどめを刺した。自ら経営する東京・清瀬駅前のジムで沼田がつぶやいた。

「一度でいいから自分の思い通り練習して、思い通りに試合したかった。夜中に起きて、真っ暗なジムでシャドー・ボクシングをやった。その時だけは楽しかった」

小林信也(こばやし・のぶや)
1956年新潟県長岡市生まれ。高校まで野球部で投手。慶應大学法学部卒。大学ではフリスビーに熱中し、日本代表として世界選手権出場。ディスクゴルフ日本選手権優勝。「ナンバー」編集部等を経て独立。『高校野球が危ない!』『長嶋茂雄 永遠伝説』など著書多数。

週刊新潮 2023年1月19日号掲載

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