【袴田事件】再審請求の審理終了、西嶋弁護団長が心境を語る「裁判官は腹を括ってくれるかもしれませんが…」
再審決定に残る「一抹の不安」
今回は再審請求審をリードしてきた西嶋勝彦弁護団長(81)を紹介する。昨年12月19日に東京の「お茶の水合同法律事務所」を訪ねてインタビューした。
――弁護団の仕事はすべて終わりましたね。いつも慎重な言い回しの西嶋先生も会見で自信を見せておられました。
西嶋:全力を出し尽くした。もう加えることはほとんどないですね。裁判官の耳にも報道などがいろいろ入っているだろうが、まだまだ騒ぎを大きくしなくてはね。よもやということもあるし。裁判官は直接、巖さんの声を聞いて、顔も見てくれた。ひで子さんの言い分も聞いてくれた。さらに、保佐人をもう1人つけてくれた。彼女(村松奈緒美 弁護士)は再審請求人にもなれるのです。これを認めたのは画期的なことで、前向きに評価したいが、そうは甘くない。一抹の不安があります。裁判所が検察の意見通りに請求棄却した上、巖さんを再収監するとなったらどうするかも考えなくてはいけない。物理的に彼を連れて逃げ回ることなんかできないのです。支援している日弁連(日本弁護士連合会)としても、最最高裁を含めて社会にまだまだアピールしなくてはならない。
――「一抹の不安」に何か根拠はありますか。
西嶋:審理を担当する大善(文男)裁判長の合議体では、「小石川事件」(註1)の再審請求も審理しているが、今年(2022年)、抗告棄却の決定をしています。その証拠の見方、論理の運び方、判断の仕方などが少し見えるようなので警戒しているんですよ。もちろん袴田さんが再審開始決定を取り消して請求を却下した高裁決定が支持され、再び請求却下されたら戦うしかない。
再審というのは通常審とは違って、「疑わしきは被告人の利益」の原則がストレートに反映されない構造なんです。請求人に新証拠を出して再審理由を説明する立証責任があり、通常審のように検察側に立証責任があるわけではなく、こちらにあるんです。こちらが再審理由を立証しなくてはいけないが、裁判官次第という面もある。
――再審の進め方について日本ではまだ、はっきりしたものがないですね。
西嶋:そうなんです。だから、日弁連は再審法を改正する運動をやっていて、「大崎事件」(註2)の鴨志田祐美弁護士が、鹿児島、京都、東京などを飛び回って奮戦しています。
――かつての四大死刑囚冤罪事件(免田事件、財田川事件、松山事件、島田事件)とも違い、袴田事件の特徴は捜査機関による捏造、つまり、でっち上げということが大きいと思います。
西嶋:捏造にはいろいろな規模があり、小さいものでは供述調書の「作文」とか、個々の証拠物件を隠したり、変な証拠を持ってきたりなどがあります。ただ、袴田事件はそんなレベルにとどまらず、ごっそりと事案自体をひっくり返してしまうような捏造ですね。こんなことは通常は考えにくいことですが、現実に起きた。ところが、裁判官というのは自分のわずかな経験を経験則であるかのように判断することが多く、そんなことはあり得ないと思ってしまうんです。そんなスケールの捏造なんてありえないと考える。
――裁判所に捏造とされると、検察は引けなくなってしまう。裁判所は捏造ということを出さずに再審開始決定を書けるのでしょうか。西嶋先生が裁判官でしたらどうしますか。
西嶋:本当は「捜査機関の捏造」ということがぴったりなのですが、それを書くことを避けたいとすればどうすればいいか。なかなか思い浮かばない。血痕の色の変化から、(犯行時の着衣とされ、再審開始の争点である)「5点の衣類」を味噌タンクに放り込んだのは巖さんではないとするのなら、それは捜査機関であるということとほぼ直結する。そこを避けて開始決定に持ってゆく論法は難しい。どういう言い回しにするのか。うーん、思いつかないですね。
――静岡地裁の再審開始決定で「捜査機関の捏造」を明言した村山浩昭 裁判長(現・弁護士)のような腹を括った裁判長ならいいですが。
西嶋:大善裁判長は年齢も高いし出世など考えずに腹を括ってくれるかもしれませんが、合議体は3人ですし、今回、最高裁の調査官をやっていた人が主任裁判官として1人送り込まれている。大善さんが「捏造だ」としようとしても、残りの若い2人が賛成するかどうか。将来の出世などを考えてしまい、主任らが反対するかもしれない。その時、2人を大善さんが説得できるかどうかですね。
――最終意見書の最後に付けた巖さんの手紙はいい文章でしたね。
西嶋:巖さんは以前、獄中からの手紙なんかで素晴らしい文章を書いていた。書簡集もある。本当はああいうものを裁判官は読んでくれていればいいけど、読んでないのかなあ。
――決定1カ月前には事前告をしてくれるとか。
西嶋:異例でかなり画期的なことです。普通は2週間前ですね。それも通知してくれるのは気の利いた裁判官だけです。「1カ月前に」と言ってくれたのは、いい方向への例外みたいですね。
もう一つの大きな懸念は、裁判官が請求を吟味して再審開始を維持してくれた時に、検察が特別抗告をするかどうかです。日本では何回でも特別抗告ができる構造になっているが、これをさせない世論を形成しなくてはいけない。このレベルになるともう、担当検事がどうのこうのではない。検察トップの判断になる。あとは、国会の議連(袴田巌死刑囚救援議員連盟)なんかもどこまで力を出してくれるか。会長の塩谷立さん(静岡県選出の自民党衆院議員、元文部科学大臣)や事務局長の鈴木貴子さん(北海道選出の自民党衆院議員)などに頑張ってほしいですね。
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