地方移住する仕組みを社会インフラにする――高橋 公(ふるさと回帰支援センター理事長)【佐藤優の頂上対決】

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全共闘運動からの集大成

佐藤 公教育は東京より地方の方がしっかりしています。公立の小中学校、高校は地方の方が安定していて、クオリティーも高い。

高橋 移住を促進して成功したのは、島根県隠岐(おき)郡海士(あま)町の隠岐島前(どうぜん)高校ですね。「観光甲子園」という高校生の観光事業コンテストがありました。私はその審査員をしていましたが、第1回に優勝したのは、その隠岐島前高校でした。

佐藤 有名な高校ですよね。私はそこを参考に、沖縄の離島の久米島高校の支援をしていたことがあります。毎年、定員割れしていますから志望者は全入で、そうなると偏差値が非常に低くなる。そうした状態にあった学校を、総務省と組んで県外から先生も生徒も入れるように改革したら、琉球大学医学部に行ったり、早稲田大学法学部に現役で入ったりする生徒が出てきたんですよ。

高橋 隠岐と同じですね。

佐藤 地方の公立には東京の私立と同じくらい良質な教育を受けられるところがあります。また久米島高校のように改革すれば、大きく変わる。それにいまはネットで良質な授業を見ることもできますから、どこにいても教育水準が著しく下がることはありません。

高橋 そうですね。例えば、長野県には特色豊かな公立小があり、そこに子供を通わせたいと「教育移住」を選択するケースもあります。一方、「自然環境の良い所でのびのび暮らしたい」という子育て世代の相談も多いです。

佐藤 元来、そうした子育てが目的の人も多いはずですから、子供は増えやすいでしょうね。

高橋 いま条件がそろってきていますから、これから移住を増やすには、成功事例を広く知ってもらうことが重要だと思っています。2022年4月からNHKで「いいいじゅー!!」という番組が始まりましたね。地方移住者の奮闘を追ったものですが、これに全面協力しています。閉塞感のある時代において、ふるさと回帰は一服の清涼剤みたいに捉えられているようです。

佐藤 東京一極集中は、もう限界に達しているのでしょう。

高橋 だから分散して、分権化していくことが大切です。地方から日本を作り直すような動きが出てくるといい。

佐藤 高橋さんはかつて全共闘運動をされていました。その頃からこの活動まで、一貫して戦後日本のあり方を問うてきたように見えます。

高橋 そうですね。私のバックボーンは、早稲田大学「反戦連合」の生き残りだということなんです。

佐藤 1969年に大学本部を占拠した時のリーダーだったそうですね。

高橋 あの時、全共闘だった仲間は私利私欲だけじゃなく、戦後の民主主義教育を受け、ある種の正義感や使命感を持って社会を変えようとしていたわけです。それが挫折して、私は大学を中退し、いろんな職業を転々としたんですね。

佐藤 資料を見ると、築地の魚の仲卸で働いたり、新宿でスナックの用心棒をしたり、あるいは百科事典の編集をして、社会党の参院議員だった松前達郎氏の選挙の手伝いもされた。

高橋 それで社会党とつながり、自治労に入ることになったんですよ。

佐藤 そしてまた社会運動に復帰された。

高橋 地方から人を東京に集めて豊かになったと思ったらバブルが崩壊したでしょう。次の日本をどうするかと考えて、新自由主義、グローバル化を推し進めた。そして規制緩和が行われ、働くことに関しては、労働者派遣法が改正され、派遣労働者が増え、格差社会がさらに拡大しました。すべてが裏目に出ている。それが今回のコロナ禍で、はっきりした。

佐藤 それは数字にも表れています。その間にGDPでは中国に抜かれて3位になり、また1人当たりのGDPは27位ですから。

高橋 でもいま、新しい芽が出始めているとも思うのですよ。移住がこれだけ増えてきた。もう一回、地方から日本を作り直そうという気運が高まっているんです。

佐藤 先ほどブースをご案内いただき、各地方の人たちに対しても、自分たちの力を過小評価するな、自分たちの底力を見せてほしい、という高橋さんのメッセージを感じました。

高橋 それは逆に過大評価されている気もしますが、そうした気持ちでやっていることは確かです。この運動は、全共闘運動も含めての私の集大成なんです。今後はこれを社会インフラにしていきたい。

佐藤 経済学者の宇沢弘文氏が言っていたような社会的共通資本にするのですね。

高橋 その通りです。地方に帰る選択肢を提供しますので、ゆとりある豊かな生活を地方でおくってほしい。これによって日本は大きく変わっていくと思っています。

高橋 公(たかはしひろし) ふるさと回帰支援センター理事長
1947年福島県生まれ。早稲田大学中退。築地の魚の仲卸、新宿のスナックの用心棒、百科事典の編集、社会党・松前達郎参議院議員の選挙の手伝いなどを経て77年自治労本部に入る。機関紙編集、社会福祉担当などを経て97年に連合に出向。2002年ふるさと回帰支援センターを設立し、事務局長に。17年より理事長。神道夢想流杖道5段。

週刊新潮 2023年1月5・12日号掲載

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