【舞いあがれ!】浩太の急死、IWAKURAの窮地で…脚本家の訴えたいメッセージが見えてきた

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舞にとって東大阪は「約束の地」

 舞は当面、IWAKURAの立て直しを目指すことになる。図らずも浩太が会社を継いだ時と事情が酷似している。「いつか飛行機部品のネジを作る」という浩太の願いは舞が叶えるのだろう。

 桑原氏はこの進路変更を早くから暗示していた。第13話で浩太は梅津に愚痴をこぼした後、舞を連れて地元の東大阪市内にある生駒山の遊園地へ行った。その時、浩太は会社存続を断念しかけていた。折りしも1991年のバブル崩壊後の不況時下である。

 だが、父娘で生駒山の上から東大阪の工場街を眺めた際、舞が「へぇ、きらきらしてるなぁ」と口にしたことから、浩太は考えを一変させた。

 きらきら。東大阪にも希望があると思い直したのである。浩太は「まだ、あきらめるわけにはいかへんな」と表情を引き締めた。舞にとって東大阪は故郷であると同時に輝く街なのである。

 戦争ではなくリーマン・ショックを盛り込んだのも新しい。朝ドラに限った話ではない。リーマン・ショックを題材にした映画は「ハスラーズ」(2019年)など数多いが、国内ドラマは少ない。

 日本テレビ「ゆとりですがなにか」(2016年)が目立つ程度。2013年版の「半沢直樹」(TBS)すら直接的には描いていない。題材として重く、記憶が生々しく、娯楽性に乏しいせいだろう。

 しかし、朝ドラは現代人の営みの記録という側面も持つ。だからこそ、繰り返し先の大戦を描いてきた。310万人以上が亡くなった大戦は現代人にとって極めて重大な過去だった。

 一方、2008年9月に起きたリーマン・ショックは「100年に1度の金融危機、経済危機」と言われ、1万2000円台だった日経平均株価は同10月には6000円台にまで下落した。深刻な不況にも襲われ、多くの人を苦しめた。

 これも重大な過去であり、描くべき時期が到来したと制作統括の熊野律時氏と桑原氏は考えたのだろう。東日本大震災も既に「あまちゃん」(2013年度前期)と「おかえりモネ」が題材としている。

 熊野氏は九州大で起きた生体解剖事件(1945年)をモチーフにしたセミドキュメンタリードラマ「しかたなかったと言うてはいかんのです」(2021年)でも制作統括を務めた。社会派の顔も持つのである。

 今回の物語が1994年から2004年に飛んだ理由の1つもバブル崩壊後とリーマン・ショック不況下の町工場経営を表現するためだったわけだ。

 これから先の大きな興味の1つは桑原氏が舞の兄・悠人(横山裕[41])にどんな未来を用意するかである。IWAKURAの経営に参加することはあり得ない。幼いころから、額に汗して働く浩太の生き方を毛嫌いし、そうならないために東大に入ったのだ。

 今は投資家で、リーマン・ショックを読み切ったくらいだから、資産はある。だが、IWAKURAを援助したり、投資する対象にしたりするとも思えない。生前の浩太に対し、冷徹に工場売却を勧めたくらいなのだから。

 浩太は死の直前、舞に対し「悠人もいつかホンマの自分の夢、見つけてくれるとええ」と言い残した。しかし、悠人側にしてみたら、自分はとっくに目指したゴールに辿り着いたと思っているかも知れない。カネも名声もある。

 ただし、悠人も浩太のように幸福になれるかどうかは次元の違う話である。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。大学時代は放送局の学生AD。1990年のスポーツニッポン新聞社入社後は放送記者クラブに所属し、文化社会部記者と同専門委員として放送界のニュース全般やドラマレビュー、各局関係者や出演者のインタビューを書く。2010年の退社後は毎日新聞出版社「サンデー毎日」の編集次長などを務め、2019年に独立。

デイリー新潮編集部

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