「言うだけ番長はやめろ」と尹錫悦を叱った米国 広島サミットに招待しても食い逃げされる理由

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「自由と民主主義の側に立て」と米国が韓国を促した。口先とは異なり、中ロと戦おうとしない尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権にしびれを切らしたのだ。韓国観察者の鈴置高史氏が米韓のせめぎ合いを解説する。

中ロに声を上げないのは残念

鈴置:米国有数の朝鮮半島研究者、V・チャ(Victor Cha)ジョージタウン大学教授が朝鮮日報に「What Can Yoon Do to Promote Freedom and Democracy?」(1月5日、英語版)を寄稿しました。

 見出しの「自由と民主主義を発展させるために尹錫悦は何ができるか」で分かる通り、韓国の自由民主主義への貢献は不十分だ、との前提で書いた記事です。

 もっとも記事は「米政界で尹錫悦大統領は評判がいいぞ」といった褒め言葉から始まります。その理由は①米国との関係強化に熱心に見える②前任の大統領とは異なり北朝鮮に強硬であるように見える③自由と民主主義が基本的な価値と強調している――の3点です。

 ここから記事の3分の2に至るまで、前の文在寅(ムン・ジョンイン)政権では空席だった北朝鮮人権大使を尹錫悦政権は任命したといった、自由と民主主義を重視した実例が長々と続きます。

――では、何が不十分というのでしょうか?

鈴置:自由と民主主義を弾圧する中国、ロシアを韓国が非難しないことです。13段落中12段落目でようやくそれが登場します。以下です。

・At a time when the liberal international order is under attack from Russia, China suppresses democracy in Hong Kong and threatens it in Taiwan, and North Korea tramples the human rights of its people, there needs to be a strong voice for democracy in Asia. It would be a shame for South Korea to miss the opportunity.

 ロシアの「罪状」は「自由という国際秩序への攻撃」とありますから、ウクライナ侵攻を指すのでしょう。中国のそれは「香港での民主主義弾圧と台湾への威嚇」、北朝鮮に関しては「国民への人権侵害」と明確に書いています。

 そんな自由と民主主義の敵である中ロを非難しない韓国に対しチャ教授は「民主主義を守るために大きな声を上げる必要があるのに、韓国がその機会を失するのは残念である」と言い切ったのです。

金大中を挙げ保守にトドメ

 2022年末に韓国が、新疆ウイグル自治区での中国による人権侵害への非難声明に加わらなかったこと、クリミア半島でのロシアによる人権侵害に対する糾弾決議で棄権したことが念頭にあるのは間違いありません。

 いずれも、自由民主主義を唱える韓国の姿勢を疑わせる行動として話題になりました(「韓国が西側陣営に戻らないのはなぜか 米中の間で右往左往し続けた尹錫悦の半年間」参照)。

「米政界では尹錫悦政権の評判はいいぞ」とおだてたのが伏線として効いています。チャ教授は「自由、民主主義をしきりに唱える尹錫悦大統領」と強調しておき、結論部分で「では、行動はどうなのだ」と韓国人に迫ったのです。

「米政界では評判がいいぞ」とのくだりも「見える」「強調している」と言った表現に留めており、尹錫悦大統領が「米国側に完全に戻った」とか「心から自由と民主主義を信奉している」とチャ教授自身が断じたわけではないことをはっきりさせています。普通の米国人は騙せても専門家は見切っているからな、とドスを効かせた感じでもあります。

 最後の段落でチャ教授は尹錫悦政権にトドメを刺しました。「約20年前、金大中(キム・デジュン)大統領は、民主主義を熱望する若い国々のモデルに韓国を仕立て上げた。というのになぜ、韓国では自由と民主主義という指針が進歩の側に限定されるのか?保守の側にもそうした価値を志向する人は多いのに」と書いたのです。

・Over two decades ago, former President Kim Dae-jung put South Korea forward as a model for young or aspiring democracies. But why should the freedom and democracy agenda only be limited to progressives in South Korea? There are many conservatives who stand for these values.

「保守批判」が抜け落ちた韓国語版

――痛烈ですね。保守の側からの反論が殺到したでしょう。

鈴置:そうはなりませんでした。朝鮮日報はチャ教授の寄稿を韓国語版にも掲載しました。「韓国版民主主義財団の設立はどうか」(1月4日)です。

 しかし、韓国語版では先ほど引用した、金大中称賛・保守批判のくだりがすっぽり抜け落ちているのです。代わりに「現大統領は国家の核心的な価値として自由と民主主義を強調する」という、原文には全くない1文が紛れ込んでいます。

 この大胆な差し替えにより、韓国語版からは「尹錫悦は『言うだけ番長』だ」との批判の色合いが一気に薄れ、「尹錫悦は頑張っている」と評価する記事に変貌したのです。

 結果、原文では2段落を使ったに過ぎない「韓国版の民主主義財団設立の勧め」が韓国語版では主要テーマに浮上しました。だから韓国語版の見出しも「韓国版民主主義財団の設立はどうか」なのです。

 チャ教授は財団設立を提案はしています。しかし「自由と民主主義にかける姿勢を示すには例えば、こんな方法もある」と言っているに過ぎません。寄稿の力点はあくまで「口だけでなく行動せよ」にあるのです。

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