がんで急逝・高見知佳さん、長男らが明かす最期 「市議になって恩返ししようと思ったのに、ごめんね」
2022年夏の参院選で、敗れながらも元気に戦った姿が記憶に新しいタレントの高見知佳さん(享年60)。だから急死に衝撃が走った。23年の市議選に挑戦する意志を固めた矢先。がんとはこうも急に人をむしばむのか。
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「知佳さんと初めてお会いしたのは01年ごろ。私が愛媛県新居浜市長だった09年、新居浜出身の知佳さんに、ふるさと観光大使をお願いしたのです。互いの家が徒歩10分ほどの近所で、お母さんも存じ上げていました。18年3月まで沖縄にいましたが、その年に離婚されて愛媛に戻られ、21年、参院選にいい候補がいないかと思ったとき、永江孝子さんから“高見さんはどうか”という話があり、一緒にお話を持ちかけました」
そう語るのは、彼女の後援会長を務めた佐々木龍氏。
驚異的な記憶力
参院議員の永江孝子氏によれば、
「新居浜が輩出した初のアイドルで、同世代の私はよく知っていました。参院選の候補者擁立に当たり、私は21年から、高見さんがいいと佐々木龍さんにも話していて、ダメもとで聞いてみることになりました。沖縄で子育てしていた彼女は、離婚し、お母さんの介護のために新居浜に帰っていた。話すと“真剣に考えます”と仰います。お母さんの介護をし、シングルマザーになって、一人息子さんは進学を諦めた。政治がもっと一人一人を支えてくれたら、という思いがあったようです。“私でいいのでしょうか”と何度も聞かれたので、“介護も子育ても経験がない議員が多く、高見さんのような経験が重要だ”とお話ししました」
立憲民主党愛媛県連代表の白石洋一衆議院議員は、
「人の顔と名前を覚えるのが本当に上手で、一度会った人とは、前回の話から会話を始めることができました。選挙中は自分が先頭に立ってみんなを鼓舞し、スタッフへの気配りも細やかで、顔や名前、話した内容や、その人の特徴をみな記憶していました」
芸能界で磨かれた技か。
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