女子レスリング天皇杯 東京五輪金メダリストの川井友香子、志土地真優はなぜ敗れたのか

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「体が動かなかった」

 東京五輪ではマットサイドのコートで夫・翔太さんの「檄」を受け、中国選手相手に土壇場で大逆転して金メダルを掴んだ53キロ級の志土地真優(25)=ジェイテクト=も、元世界女王の奥野春菜(23)=自衛隊=に敗れた。

 互いに腕を押さえ合うだけで攻撃ができない。そのうち、パッシブ(消極姿勢)による相手への加点が重なり、1-3で敗れてしまった。

 気を取り直して臨んだ3位決定戦は下野佑実(21)=育英大=と対戦。1ピリオドは均衡したが、第2ピリオドに下野の体勢が崩れた瞬間に素早く首に手を巻き、豪快にねじり伏せて4点を追加し、そのまま押さえ込んでフォール勝ちした。勝った瞬間、マット上では小さくジャンプしてみせたが降りて翔太さんと握手すると涙がこぼれていた。

「勝って終わるのと、負けて終わるのとでは違う。気持ちを切り替えて、勝ち切れたのはよかった」と話し、負けた準決勝については「緊張などで思い通りの試合ができなかった。動きがすごく硬くて、練習でやってきたことが出せずに空回りした。ポイントを取られて焦ってしまった(中略)初戦から思うように体が動かなかった。準決勝で負けてしまったが、気持ちを切り替えてしっかり勝ち切って終われたのは良かった」と振り返った。

 3位決定戦には「ここで出て勝つことが絶対に次につながる」と自分に言い聞かせて臨んだという。大きな敗戦にもショックを引きずらず、素早く気持ちの切り替えができることはトップ選手の証明だ。

金メダリストに過度な期待?

 志土地は東京五輪後、非五輪階級の55キロ級に上げて復帰し、今年9月の世界選手権を5試合無失点で制覇した。パリ五輪代表争いとなる天皇杯は53キロ級に戻して戦っている。金メダリストとして注目されても「東京五輪はもう過去のこと」と割り切る。「自分はたくさん負けを経験してきて東京五輪で金メダルを取れた。1回の負けで腐るわけではない。今回の悔しさをバネに6月に向けて頑張りたい」と雪辱を誓っている。

 この日53キロ級で優勝し、公式戦106連勝を達成したライバルの藤波朱理(19)=日体大=のことを問われると「本当に強い選手。リーチも長くてスピードも速い、世界トップの選手。パリ五輪に向けては倒さないといけない相手。53キロ級は層が厚いので、しっかり勝ちたい」と闘志を燃やした。現在、安部学院高校(東京都)などで独自のトレーニングを積んでいるが、今後は海外でのトレーニングも視野にいれているという。

 今大会と来年6月の明治杯(全日本選抜選手権)を制すれば世界戦選手権の代表になり、そこで3位以内に入ればパリ五輪代表が決まる。今大会と明治杯の優勝者が異なれば、プレーオフで世界選手権代表を争うことになる。

 川井の姉の金城は今回、5月の出産後の体重調整のこともあって非五輪階級の59キロ級で優勝したが、これは五輪代表選考の有利な材料にはまったくならない。このため、来年、金城は明治杯で優勝しても、今大会の57キロ級で優勝した南條早映(23)=東新住建=とのプレーオフを制さなくてはならない。実は志土地と同様、川井梨紗子・金城友香子姉妹も、パリ五輪への道のりはかなり険しいのである。

 吉田沙保里さんや伊調馨さんという、異次元の「怪物レスラー」が登場したおかげで、世間からは女子レスリングの東京オリンピック金メダリストたちに対して「2回くらいはオリンピックで優勝するんだろう」のような過大な期待がかかってしまっているのではないだろうか。

 五輪代表を逸したライバルらが雪辱に燃え、強い若手も台頭する中、「五輪連覇」どころか、連続で五輪代表になることが生易しいはずがない。頑張ってほしいとは思うが、大きすぎる期待を背負った女子レスラーたちがちょっと気の毒に見える。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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