ENEOS元会長が“キス強要”で被害女性は骨折 抵抗する女性に「銀座では普通」【スクープその後】
業界に衝撃を与えた電撃辞任
今年9月、週刊新潮は、石油元売り最大手・ENEOSホールディングスの代表取締役会長・杉森務氏(66)が電撃辞任した背景に、杉森氏が今年7月に沖縄で女性に対して行った“凄絶な性加害”が隠されていたことを報じた。性加害の悪質性に加え、石油元売り全体が数兆円もの「ガソリンマネー」で潤い、本人も2億円近い高収入を得ていたことで大炎上。改めて騒動の全容を振り返る。
※この記事では性暴力の被害に関する詳細な描写があります。フラッシュバック等の症状のある方はご留意ください。
(以下、「週刊新潮」2022年9月29日号を再掲する。日付や年齢、肩書などは当時のまま)
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杉森務氏が、突如として辞任を表明したのは8月12日のこと。この日の取締役会で、自ら辞意を伝えて了承を得たというが、彼は6月の株主総会で再任されたばかりだった。
ガソリンスタンドに代表される燃料油販売の国内シェア1位を誇る企業トップの電撃辞任には、業界のみならず投資家たちの間でも困惑の声が上がった。加えて杉森氏は、経団連の審議員会副議長や業界を束ねる石油連盟の会長などの要職も辞任すると発表したことから、後任選びなどで混乱の余波は財界全体にまで及び、さまざまな臆測を生む事態となった。
奇しくも杉森氏の退任からほどなくして、世間は五輪疑獄で騒然となった。渦中のAOKIなどと同じく、ENEOSも五輪スポンサーだったことから、東京地検特捜部による捜査の手が伸びていたのか。そんなうわさまでささやかれたという。
実のところ、杉森氏の辞任劇には表沙汰になっていない“事件”が隠されていた。その仔細を知る人物が絶対匿名を条件に明かすのは、昨今世間を騒がせている香川照之の一件を超える「性加害」を、杉森氏が起こしてしまったということだ。
「昭和のサラリーマンを絵に描いたような人物」
1955年、石川県に生まれた杉森氏は、県内トップの進学校から一橋大学商学部に進学。79年に卒業後、当時の日本石油に入社した。最初の10年は製油所や本社の人事部門を渡り歩いてきたが、“現場を知りたい”と自ら志願して販売畑に異動。以降、全国各地の特約店から街場のガソリンスタンドまで昼夜を問わず駆けずり回って、社内で頭角を現す。
現在はENEOSを含め国内の石油元売り大手は実質的に3社しかないが、バブル崩壊前は十数社がひしめく戦国時代。業界再編が進む中、杉森氏は「大きな統合にはすべて参画してきた」(「PRESIDENT」2018年9月3日号)と豪語している。
実際、99年に日本石油と三菱石油が統合された際は販売企画課長として、新ブランド「ENEOS」の誕生に尽力。2017年に東燃ゼネラルと統合した翌年、グループのホールディングス社長となり、20年には「ENEOSホールディングス」に社名変更してブランド統一を成し遂げた。
経済誌の記者が言う。
「社内の野球部に所属していた杉森氏は、根っからの体育会系の気質の持ち主で、夜の赤坂を根城に子飼いの部下と杯を重ねてきました。社長就任後は、盛り場で人事が決められたと報じられたこともあるほどの酒豪で、取引先とも宴席を重ねることで信頼関係を築くタイプ。たたき上げでのし上がる、昭和のサラリーマンを絵に描いたような人物です」
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