元ヤクザが師走にアパートを退去させられた一部始終 5年前に組を離脱、周囲はいまだに現役幹部と認識

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パニックになった隣人

 これでは確かに、周囲の人々からすればAさんがカタギに見えなくても当然かもしれない。

 そんなある日、Aさんが住んでいたアパートで、隣の部屋に新しい住人が引っ越してきた。

 Aさんは相手のことを知らなかったが、隣人は共有スペースでAさんの顔を見て、「暴力団の幹部が住んでいるじゃないか」と驚愕したという。そして直ちに、アパートの管理会社に相談したのだ。

 暴力団排除条例(暴排条例)により、ほとんどの不動産賃貸契約書には「賃借人が暴力団に加入していた場合には、賃貸契約を解除できる」といった条項が盛り込まれている。

 管理会社は直ちに、Aさんに「暴力団員であることを理由とした強制退去」を書面で通知した。

 Aさんは管理会社に対して、「暴力団員ではない」という今の身分を証明し、退去は不当だと訴えた。だが管理会社は、Aさんが既に払っていた翌月分の家賃の返還手続きを進めていく。

 カタギになりたいと考えている現役組員の相談に乗ることもあったAさんだったが、周囲は「Aさんは現役の暴力団幹部だ」と“認識”していた。

 この“認識”だけで、新しい隣人は管理会社に相談し、管理会社はAさんに強制退去を言い渡した。

白旗のAさん

 もしAさんが弁護士に相談し、管理会社に法的な対抗措置を取ったなら、そのまま住むことができたかもしれない。

 だが、管理会社から「家賃も返還する」とまで言われてしまい、Aさんは精神的に参ってしまった。

「もうカタギなのだから、アパートは自由に借りられる。こんな管理会社や隣人と付き合うより、よそに引っ越したほうがいい」と考え直した。

 そしてAさんは師走の忙しい時期に、不本意な気持ちを抱えながら引っ越しを行った。現役の暴力団組員に強制退去を通告するならまだしも、カタギになっている元暴力団員を退去させるのは、果たして正しい判断だったのだろうか?

 元暴力団員であっても、日常生活を送るにはまだまだ厳しい状況が至るところに残っているのである。

藤原良(ふじわら・りょう)
作家・ノンフィクションライター。週刊誌や月刊誌等で、マンガ原作やアウトロー記事を多数執筆。万物斉同の精神で取材や執筆にあたり、主にアウトロー分野のライターとして定評がある。2020年に『山口組対山口組』(太田出版)、22年に『M資金 欲望の地下資産』(同)を上梓。

デイリー新潮編集部

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