秋ドラマ「ベスト3」 ファーストペンギンで奈緒から「バカなの?」と罵られ、再認識した俳優の実力

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 プライムタイム(午後7時~同11時)に15本あった秋ドラマが終わった。多彩だったものの、社会派色のある作品に秀作が目立った。ベスト3を選んでみたい。

(1)「エルピス-希望、あるいは災い-」(フジテレビ系、関西テレビ)

 最終回の終盤。大洋テレビの情報バラエティ「フライデーボンボン」のヘアメイク担当・大山さくら(三浦透子[26])と、さくらの中学時代の恩人で冤罪が晴れた松本良夫(片岡正二郎[60])が、カレーを食べるシーンに胸を突かれた。

 無音の短いシーンだったものの、2人の穏やかな顔付きが、あるべき日々が帰って来た喜びを如実に表していた。観る側が第1話から望んでいたシーンだ。

 こういった当たり前の暮らしを守るのが役割の1つであるはずの政治家とマスコミが全編を通じて批判された。社会派色が濃かった。特に辛辣だったのはマスコミへの批判。どのエピソードも実際にあっても不思議ではない話だった。

 松本が生還できたのは主人公で松本の濡れ衣を晴らそうとしていた大洋テレビのアナウンサー・浅川恵那(長澤まさみ[35])が、最終回でやっと再び覚せいしたからだった。

 前回第9話までは報道局「NEWS8」のキャスターの座に満足してしまい、牙を抜かれたように見えた。

 恵那が目ざめたのは人間として決して許してはならないことを知ったから。冤罪報道の阻止を図っていた元警察庁長官で副総理の大門雄二(山路和弘[68])が、スキャンダルもみ消しのために娘婿の大門亨(迫田孝也[45])を殺害した疑いがあると、取材パートナーだった元同局ディレクター・岸本拓朗(眞栄田郷敦[22])から聞かされたのだ。

「そんな酷いことに負けながら生きていけないよ!」(恵那)

 おそらく、この言葉は脚本を書いた渡辺あや氏(52)から視聴者に向けたメッセージの1つでもあるだろう。理不尽なことに目をつむったまま生きるのか、それとも服従は 拒むのか。誰もが、いつ突き付けられてもおかしくはない問い掛けだった。

 この作品はマスコミが舞台で、その批判を遠慮せずに行ったが、いわゆるお仕事ドラマではなかった。どんな人にも当てはまるテーマやメッセージがち りばめられていた。その点でも優れていた。

 渡辺氏の脚本で傑出していた部分は数々ある。その1つは物語が二重らせん構造のようにA面とB面の2つあったところ。両面が絡み合っていた。まずA面では恵那と拓朗が、松本が濡れ衣を着せられた少女連続殺人事件の真相を追った。

 A面と同等かそれ以上の厚みを持っていたB面では、恵那と拓朗が社内外で壁にぶつかるうち、本人でも気づかないうちに自分のあるべき姿に近づいていった。

 仕事で揉まれながら、知らず知らずのうちに本来の自分に近づく。どんな職業の人にも経験があるはず。恵那が拓朗に向かって言った「自分の仕事をちゃんとやりたいだけじゃん!」という思いも誰にだってあるだろう。やはりマスコミの内幕を描くだけのお仕事ドラマではなかった。

 視聴者にとって、冤罪事件の真相と同じように謎だった「エルピス」の意味は最終回になって、やっと分かった。凝った構成だったし、その意味も共感できる内容だった。恵那は拓郎にこう言った。

「そうか…。あのさ、希望って誰かを信じられることなんだよね」

「エルビス」は災いではなく、希望だった。渡辺氏が恵那の周囲に空気を読まずに生きる拓朗と“偽悪者”の村井喬一(岡部たかし[50])を配した理由も分かった。この2人が恵那の希望。かつての恋人・斎藤正一(鈴木亮平[39])ではなかった。

 メッセージ色の濃い社会派エンタテインメントだったので、好みは分かれるだろうが、ドラマの質を決める「脚本」「俳優」「演出」はいずれも傑出していた。安っぽさ、ウソっぽさが見えず、社会派ドラマの本場である英国作品と遜色がなかった。

 恵那が何度も変節するところにも真実味があった。大半の人にはエゴや守りたい立場がある。恵那が第1話から正義の人であり続けたほうが痛快で分かりやすくて、ウケたはずだが、渡辺氏や制作陣はそうしなかった。「自分の仕事をちゃんとやりたい」と思ったからだろう。

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