「闇の政府」と戦う71歳ドイツ人貴族を逮捕 陰謀論で突っ走る人たちの心理とは
老貴族が率いる「闇の政府」と戦う戦士たち
いまどき先進国でこんな犯罪が、と驚いた方もいることだろう。今月7日、ドイツ連邦検察は国家転覆を図った容疑者25人を逮捕した。
連邦検察の発表によると、逮捕者の中には、首謀者とされる「ハインリヒ13世」と呼ばれる貴族出身の71歳男性のほか、現職の裁判官や弁護士も含まれていたという。
何より驚きなのは、彼らが「ドイツが闇の政府に支配されている」という陰謀論を信じており、それがクーデターの動機のひとつとなっていたことだ。闇の政府を倒して、ロシアと組んで新たな帝国を作ろうと考えていたというあたり、常人には理解しがたい思考である。
もっとも、この「闇の政府が支配」という世界観は、このところの流行だともいえそうだ。
世界を裏で支配する「闇の政府=ディープ・ステート」に、トランプ元大統領を中心とする光のメンバーが立ち向かう、という構図を中心とした一連の陰謀論は、米国を中心に信奉者が増えており、「Qアノン現象」とも呼ばれている。
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2021年、米大統領選をめぐって発生した連邦議会議事堂襲撃事件は記憶に新しいが、この暴挙もまた「Qアノン現象」が過熱した結果だとされている。
「本当はトランプが勝利していたはずなのにおかしい」と考えた人たちが、勝手に陰謀の匂いを嗅ぎつけて、議会に突入したというわけだ。結果として死者まで出している。
スマホが広める陰謀論
こうした陰謀論が世界中で勢いを増していることに対して警鐘を鳴らしているのが、『デマ・陰謀論・カルト―スマホ教という宗教―』の著者・物江潤氏である。同書によれば、この陰謀論の拡散、強化に大きく“貢献″しているのが、スマホ及びSNSだという。
今回の一件、物江氏はどう見ただろうか。
「一報を聞いた時は驚いたものの、やはり……というのが正直な感想です。あまり想像したくないことですが、同種の企ては今後増えるものと推察されます。
今回の事件を理解するためのポイントは、三つあると考えています。
一つ目が『伝播』です。Qアノンの世界観はネットを通じ容易に広がるため、Qアノン現象はアメリカだけでなくどこでも生じ得ます。
二つ目が『結合』です。Qアノンは他の特異な世界観と相性がよく、容易に混ざってしまいます。往々にして特異な世界観には悪事を働く何か・誰かがいて、そんな悪役として闇の政府は収まりがよいのです。今回の事件で結合した極右グループだけでなく、他の世界観と混ざり合う可能性も十分ありますし、実際に結合している例が見られます。
三つ目が『法による抑止力の低下』です。闇の政府が現政府を支配しているのならば、現行法はかりそめの法に過ぎません。つまり、闇の政府を打倒するための違法行為は、将来的には適法行為に変わるし、そもそも本質的に正しいものだと見なせます。正義を声高に叫びながら違法行為に及ぶ彼らは言行不一致に思えますが、本人たちの感覚からすれば言葉と行為の間に矛盾はありません。
Qアノンから影響を受ける以前から、このグループは現在のドイツを国として認めておらず、必然的に国内法は無効だと主張していましたので、なお一層、法による抑止力が低下したものと推察されます。
Qアノンがネットを通じて世界中に広がり、まるで土着化するかのごとく各地に存在する世界観と結合し、しかも法の抑止力を低下させることで、特異な世界観に潜んでいたリスクが顕在するというプロセスが孕むリスクを過小評価すべきではないと思います」
物江氏は、『デマ・陰謀論・カルト―スマホ教という宗教―』の中で、ネットリテラシーの低い人々までもがスマホを使うようになったことによって、「Qアノン」をはじめとする陰謀論やトンデモ思想の信奉者=スマホ教徒が増えるリスクが高まったと指摘している。
しかし、今回のドイツのクーデター未遂での逮捕者の中には、一般的にさまざまな分野でのリテラシーが高いと考えられる現職の裁判官や弁護士まで含まれていた。
ただし、この構図に何となくの既視感をおぼえる向きもいることだろう。
オウム真理教との類似点は
そう、我が国でも比較的最近、陰謀論に基づいて国家転覆を企てたテロ集団があった。1990年代に数多くの凶悪事件を起こしてきたオウム真理教である。
彼らは「日本政府が教団を攻撃してきている」と主張し、クーデターを計画した。荒唐無稽な陰謀論を医師や科学者、弁護士など多くの「インテリ」「高学歴」信者が信じ、犯罪に手を染めたことはよく知られている。
「信者に対し、物語を提供するという点で類似しています。それも、我々は何者であり、どこへ向かうべきかが明示された物語です。生きる意味を見出せないという耐え難い空白を埋め合わせる強力な薬のようでもあり、インテリを含めた悩める全ての人々に有効です。が、長い年月をかけて世俗との折り合いをつけてきた伝統宗教とは違って、その物語は調整不足のため世俗と衝突しやすい。
一方、ネット上で提供される物語は、自分たちの手によって改変していく物語でもあります。
閉鎖的なネット上のコミュニティーでは、膨大な情報が流れます。情報と情報を組み合わせ、強引な解釈を重ねることで『隠された真実』が明らかになり、しかもそれが多くの支持を集めれば正史と見なされてしまう。
実証的な歴史学とはまるで違い、正史と認定されるポイントは信者たちからの支持です。必然的に、正史には人々の願望が投影されます。こうして生成されていく継ぎはぎされた物語は願望の結晶体でもあり、その魅力は計り知れません」
もっとも、オウム真理教が全盛を誇った90年代は、インターネットもほぼ発達していなかった。
その時代に比べて、誰もがスマホを持ち、簡単にさまざまな情報を調べられたり、いろいろな人に連絡を取れるようになった現代において、人をだましたり、トンデモ陰謀論を信じさせたりすることはさらに難しくなったようにも思える。
21世紀になって久しい今、なぜこのような事件が起こりえたのだろうか。
「簡単にさまざまな情報を調べられる『のに』ではなくて、調べられる『から』です。
多くの実験や調査によって、人間は信じたい情報を信じてしまうことが分かってきました。自説を否定する情報(エビデンス)を目にしてもなかなか信じない一方、自説を裏付けるものなら容易に信じてしまうわけです。また、論理的で緻密な主張よりも、たとえ粗雑でも感情を揺さぶるものの方が強い影響力を持つことも分かってきました。そんな脆弱な人間が、ネット上にある無数の情報から正しいものを見極めようとすれば、考えがあらぬ方向に進むのは当然といえます。しかも情報を検索した本人としては、膨大な時間と労力をかけて事実をつかみ取ったという感触が残るため、他の人々は情報弱者にしか見えません。そしてそんな情報弱者による反対意見に耳を貸すはずもありません。
また、こうした状況をチャンスと見て現れた、霊感商法まがいのビジネスを展開する人々や、政治的な力を得ようとする人々の存在も事態をややこしくしています。放っておいても陰謀論が発生しやすいネット空間なのに、陰謀論の流行が利益になる人々が存在するため、なおのこと生じやすくなっているという構図があります」
陰謀論で利益を手にする人がいるということは、どこかで損をする人が生じているということでもある。信じる者は救われる、ではなく、信じる者は救われぬ、というケースが増えていくのだろうか。
「落語家の立川談志さんは『酒が人間をダメにするんじゃない。人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ』という名言を残していますが、この酒をネットに置き換えても、ほぼそのまま通じそうです。
信じたいものを信じてしまう都合のよさ、緻密な論理よりも感情を揺さぶる話から強く影響を受けてしまう情動的な姿、そして生きる意味を求めるあまり危険な世界に没入してしまう人間の脆さ……いずれも古今東西で見られてきたものです。
そんな以前からあったダメな人間の一面をネットはより鮮明に映し出してしまい、そのありありと見える欠陥に戸惑っているのが今を生きる私たちです。
あまりに奇怪な人間の姿を目の当たりにし、これは一部のおかしな人たちによる異常行為であると断じる人々も散見されますが、高潔な人格者やインテリまでもが染まっている現状を見るに、その論を押し通すのはそろそろ厳しい。
人間である以上、このダメな部分と上手に付き合っていくしかありません。繰り返しになりますが、ネットが人間をダメにしたのではなく、もともとあった人間の欠点がネットによってあらわになり、そして増幅してしまったのが今です。
この状況は当面変わりませんから、私たち全ての人間にとって決して人ごとではないはずです」