北新地ビル放火殺人事件から1年 「家族は二度殺された」犯罪被害者の苦しみ

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事件を機に一家離散のケースも

 前出の「犯罪被害補償を求める会」会長の藤本氏が言う。

「私自身も妻を殺され、重傷を負いました。加害者に3千万円の賠償命令が下されましたが、いまだに支払われていません。国からの犯罪被害者等給付金は約380万円でした。犯罪被害者家族は、家族を突然失い、裁判で生活まで犠牲になり、仕事ができなくなる人も多い。被害者だというのに弁護士費用も支払わなければいけません。こうした問題のせいで家族が離散するケースも多く見てきました」

 藤本さんもご高齢だ。藤本さんと始めてお会いした日、90代とは思えないその潑剌さに正直なところ驚いた。が、身体には活動が負担になっているのも事実だろう。私自身も障害児に関する社会活動を行っているがゆえ、活動の労力や負担といったものがあまたの犠牲の上に成り立っていることをわかっているつもりだ。

 なぜ、藤本氏はこうまでして前面に立って活動を続けるのか。

「若い世代に引き継ごうかとも思うのですが、みなさん生活を回すのが必死ですので、中々活動をこなすのが難しいのです。私もいつまで持つのか」

 北新地放火事件の遺族の代理弁護人をつとめ、「犯罪被害補償を求める会」の副理事でもある奥村昌裕弁護士もこう語る。

「自賠責と犯罪被害者給付金とはそもそも建て付けが違うんです。自賠責は『補償』になりますが、犯罪被害者給付金は『見舞い金』となる。よって、大きな金額の差が出てしまう。自賠責では被害者が若くて働いていない場合でも、今後の働く意欲や得られるであろう将来収入によって計算される一方、犯罪被害者給付金は亡くなったときの年齢と収入額で決まってしまう。働いていなければ、金額がかなり低くなってしまうのです。それに自賠責では、ひき逃げなどで加害者が不明というケースでも国が代わりに支払う制度がある。犯罪被害者に対しても、国がまず被害者に立替えて支払い、国が後から加害者に請求できる制度が必要だと感じています」

 北新地のクリニックでは、被害者が精神科の患者だったという事件の性格や、クリニックがなくなってしまったせいで患者同士が交流をそもそも持ちづらいという面もあり、集団で問題に立ち向かうには難しさが残る。

 自分の家族を殺され、さらに、国にも見捨てられる犯罪被害者たち。記者会見で、犯罪被害者の遺族が「国は、何度苦しみを訴えても返事をしてくれない」と涙ながらに発した言葉にすべてが表われていた。

中西美穂(なかにし・みほ)
ノンフィクションライター。1980年生まれ。元週刊誌記者。不妊治療で授かった双子の次男に障害が見つかる。自身の経験を活かし、生殖医療、妊娠、出産、育児などの話題を中心に取材活動をしている。障害児を持つオンラインコミュニティ・サードプレイスを運営。

デイリー新潮編集部

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