職人技と機械を組み合わせ究極の手術器具を作る――高山隆志(高山医療機械製作所代表取締役社長)【佐藤優の頂上対決】
刃物が作れる顔つき
佐藤 それらの器具をいまは量産されている。
高山 はい。スイスとドイツの工作機械を導入しました。最初にスイスに買いに行った時には「この会社、従業員10人しかいないのにウチの機械を買うって」と笑われたんですよ。まあ、その会社の機械はアメリカや中国の防衛産業も使っていて、1億3千万円がボトムプライス。作る部品、月産数などに合わせて半年くらいセットアップをすると、そこから値段が倍になるんです。
佐藤 動かすだけでも大変そうですね。
高山 マニュアルはフランス語だし、スイスの山の中まで行って研修しないといけない。結局ボトムプライスで買って自分でセットアップしましたから、やっては失敗、やっては失敗の繰り返しでしたね。
佐藤 手探りで仕組みを作り上げた。
高山 1年後、その会社の社長が来日して、ウチの工場に立ち寄ったことがあったんです。「本当に動かせているのか」と言うから見せると、腰を抜かさんばかりに驚いていた。「すごい、ここまで使いこなしているところはないよ、お前の会社は伸びる」と言って帰って行きましたね。
佐藤 その通りになりましたね。機械でできることは、全体の何%くらいですか。
高山 85%はいけますね。
佐藤 そうすると15%が職人の世界になる。彼らが一人前になるのにはどのくらいかかりますか。
高山 まず機械を扱えるようになるのに半年、そこから職人としてモノと向き合い、熟達した技術を修得するのに9年半ほどかかりますね。
佐藤 合計10年ですか。外交官の世界と同じですね。語学で5年、その後、自分の専門領域を作って仕事ができるようになるまでに5年です。
高山 手作業になると、うまい下手が出てきます。また、手術をしやすくする工夫や先生の好みを取り入れたりできるようになるまでが長い。
佐藤 例えば、どんな工夫をされるのですか。
高山 脳動脈瘤ではその根本を、先端にクリップを装着した鉗子で挟みにいくのですが、先端付近を視覚的に細く見えるように加工すると、医者がスッと入れられるんですね。反対にゴツいと、入れるのが怖くなる。
佐藤 なるほど、心理的な部分まで考慮しながら作るのですね。では、どんなタイプの人が上達しますか。
高山 これは何て言えばいいんでしょうかね。“刃物が作れる顔つき”ってあるんですよ。
佐藤 へぇ、どんな顔ですか。
高山 僕ら、合法的に人を切るものを作っていますが、刃物は刃物で、どこかヤバい顔つきをした奴の方がよく切れる刃物を作る。
佐藤 それは面白いですね。わかる気もします。
高山 でも切れ過ぎるのもダメで、他の細胞まで傷つけてしまう。「オーバークオリティー」と言われて、ダメ出しされることがあります。
佐藤 そうして作り上げた手術器具はいま世界中で使用されています。どのように広がっていったのですか。
高山 2010年に上山先生の弟子である谷川緑野(たにかわろくや)先生がヘルシンキ大学でライブサージャリー(公開手術)をして各国に中継された時、ウチの器具を使っていたんですね。それが世界的に知られるきっかけです。その後アムステルダムに販売拠点を作ったのですが、なかなか売れない。
佐藤 それだけでは知名度が十分でなかった。
高山 その谷川先生は2016年にUCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)でも手術を行います。そこで同校の脳神経外科の世界的権威、マイケル・ロートン博士にウチの器具を渡したんです。ロートン博士がその器具で手術した映像をアメリカの展示会で流したのですが、それでも売れなかった。
佐藤 こうした専門領域の商品は新規参入が難しいようですね。
高山 火がついたのはヨーロッパからです。2017年にヨーロッパ脳神経外科学会連合会がイタリアはベニスのリド島で開かれました。その時に知り合ったのがリヨン大学のサイモン教授です。彼のトレーニングコースに練習用キットを貸し出すと申し出たら、後日、連絡がきたんです。そして先生や学生が使ってみたらいいモノだとわかったらしく、代理店にバンバン連絡が入るようになります。それからアメリカでも同じように貸し出して、売れるようになった。いまでは50カ国に広がっています。
佐藤 ヨーロッパとアメリカを比べると、前者はやはりモノ作りを大切にし、後者はまず商売なんですよ。だから最初にヨーロッパで受け入れられたのはよくわかります。
高山 ウチの機械もそうですが、いい工作機械はほとんどスイスとドイツ製ですね。
佐藤 先般、来日したフランスの人口学者エマニュエル・トッドさんとお話ししたのですが、彼はエンジニアの比率でその国の将来がわかると言っていました。世界には生産する国と消費する国があり、いま生産する力が著しく低いのがイギリスとアメリカだと。金融の力があるので、とりあえずお金はありますが、両国は先がないと話していました。
高山 スイスは観光で見える部分とは別に、山の中に150人規模の中小企業がたくさんあります。その技術水準が非常に高い。昔は日本人もそこを訪れて機械を買っていましたが、いまはほとんど見かけません。展示会もビール/ビエンヌという街の山中でやりますが、そこにも日本人はいない。ウチは日本の職人の伝統の中に、ヨーロッパの技術を取り入れて成長しました。だからそんな状態では、日本のモノ作りはどうなってしまうのだろうと、ちょっと心配になりますね。
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