今期一番の傑作「エルピス」 予定調和も勧善懲悪もないリアリティー

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「大きな権力というのはそれはそれは簡単に自分たちの都合で弱い者を踏み潰すもんですよ」「死刑囚なんざもはや人間でもないような扱いです」。これは「エルピス」第2話で、六角精児演じる弁護士が吐き捨てるように語った死刑の実情。その直後、葉梨康弘法務大臣(当時)の「だいたい法務大臣てのは朝、死刑のハンコを押しまして、昼のニュースのトップになるのは、そういう時だけという地味な役職なんですが」という発言が報道された。六角のセリフはフィクションではない、地続きの現実だと痛感。それくらい、この国の現状に肉迫している作品だ。

 発端は12年前の連続殺人事件。──逮捕されて、死刑囚になった松本(片岡正二郎)は優しかった。母の内縁の夫に虐待され、家出した自分を泊めてくれた。事件当日は誕生日をケーキで祝ってくれた。そんな人に女の子を殺せるはずがない──。そう告白したのはヘアメイクのチェリー(三浦透子)。彼女から冤罪の証明を依頼された新米ディレクターの岸本拓朗(眞栄田郷敦)は、元報道キャスターだが、落ちめの浅川恵那(長澤まさみ)に協力を懇願。ふたりの無謀な挑戦は圧力で妨害されたりもするが、徐々に真相に近づいていく。

 テレビ局が舞台のドラマで、ここまで組織の醜さをまるっと描くのは「新しい王様」「報道バズ」以来かな。

 冤罪疑惑を追う主軸はサスペンス、テレビ局内のえげつない実情は超シニカルなコメディーであり、ひとつまみの悲恋も含まれている。極上の作品なので、魅力を端的に書くのが難しい。個人的に好きな部分を挙げる。

 まず「予定不調和」のリアリティーがある点。上層部の圧力や妨害を振りきって、冤罪調査報道を放送したものの、番組打ち切りや人事異動でテイよく「なかったこと」にされる。執念の取材で冤罪を裏付ける新事実をつかんだ拓朗は経理部へ。放送に踏み切ったチーフプロデューサーの村井(岡部たかし)は制作現場から外される。他の男性陣は続投か昇格、女性出演者は総取り換え。恵那は、報道番組のキャスターに返り咲くも、忙殺されて調査報道から引き離される……。日本のドラマが好む予定調和も勧善懲悪もない。もやっとさせる。でもこれが現実という絶望をあからさまに描いた。

 また「人物の多面性」も好み。恵那はテレビ報道の在り方に違和感を覚え、醜聞で閑職に追いやられ、生気のない状態だった。鈴木亮平が演じた報道局の雄・斎藤正一はすこぶるセクシーだが、上昇志向と選民意識とエゴの塊。え、正直クズだよ? そんな男にほれる女の脆さと愚かさが生々しくていい。

 勝ち組ボンボンの拓朗も、保身というずるさがあり、同級生のいじめを傍観した罪の意識も抱えていた。強力な味方となった村井も初めは耳を疑うセクハラパワハラ垂れ流し、チェリーの依頼も脅迫まがいのやり方だ。清く正しく強い人だけじゃない。善と悪という単純な構図ではなく、ひとりの人間の快も不快もちゅうちょせず描く設定が私を引きつけた。今期一番の傑作。希望も災いも受けとめる覚悟はある。

吉田潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2022年12月15日号掲載

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