日本発の「おいしさ」を世界に届ける――高宮 満(キユーピー代表取締役社長執行役員)【佐藤優の頂上対決】
キユーピーと聞けばすぐさまマヨネーズが思い浮かぶ。実は、あの味は海外になく日本独自のものだという。健康志向を背景に「ハーフ」「ゼロ」と進化し、いまではさまざまな種類が家庭の食卓を飾るが、それら日本の味を世界展開しようともくろむのが現経営陣だ。果たして日本の食はどこまで広まるか。
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佐藤 最近の私の朝食は、トーストにロシア風のビーツサラダなんです。サラダは一番下にポテトを敷いて、その上に本来はニシンのところ、オイルサーディンとアンチョビを少し、さらにさいの目に切ったビーツを載せます。そして最後の仕上げは「キユーピーハーフ」です。
高宮 それは素敵な朝食ですね。朝のメニューとしては、とても充実しています。
佐藤 またトーストの上にはアヲハタの「まるごと果実 いちご」です。アヲハタはキユーピーのグループ会社でしたね。
高宮 はい。ありがとうございます。
佐藤 ほぼ毎日、このメニューでおいしくいただいています。日本にいるとあまり気が付きませんが、キユーピーのマヨネーズは、海外のものとはかなり違いますね。
高宮 マヨネーズはヨーロッパ生まれで、産業としてはアメリカで大きく成長しました。大正時代、そのアメリカに政府の海外実業練習生として派遣されていた弊社の創始者・中島董一郎(とういちろう)がマヨネーズに出会い、持ち帰りました。この時、中島は日本人の体格向上を願って、かつ日本食に合うように、卵の黄身だけを使うレシピにしたんですね。
佐藤 だから色が違います。
高宮 はい、黄色いです。基本的に海外のマヨネーズは卵白も含め全卵で作りますから白っぽい。
佐藤 ロシアでは、ひまわり油独特の香りがする瓶詰めのマヨネーズで、それをそのまま食べる人もいます。
高宮 サワークリーム代わりに使われたりもしますね。
佐藤 ええ、冬が寒いこともあって、ロシア人は油の多いものが大好きです。だから一瓶くらい平気で食べてしまう人がいるんですよ。
高宮 それほどおいしいのですね。
佐藤 海外で日本のマヨネーズは、その国のマヨネーズとは別の調味料として認識されています。ソ連崩壊後に日本のマヨネーズは1本千円を超える高級食材になったのですが、それでも味を覚えたロシア人はよく買っていました。
高宮 日本オリジナルの味が受け入れられていくのは、うれしいことです。日本の調味料というとみそや醤油がまず思い浮かびますが、これらは歴史が古く伝統的なものですから、地域ごとにさまざまな味があります。ところがマヨネーズはまだ100年弱の歴史しかない。しかも一斉に広まったために、一つの味が浸透しました。
佐藤 それがもう文化になっていますね。その中でキユーピーのマヨネーズは、味や口溶けなどの食感も含め、圧倒的な地位を確立しています。その味わいが参入障壁となって、後発の会社や外国から輸入品があっても、なかなかうまくいかない。これはすごいことだと思います。
高宮 私は長年、研究所でマヨネーズを担当してきました。マヨネーズの成分は卵と酢と油です。その特徴の一つは、原料を加熱しない商品であることなんですね。加熱しないで保存性を持たせるためには、鮮度が大事になります。
佐藤 卵は国産ですか。
高宮 鳥インフルエンザの流行などで一気に供給が減ることもありますので調達はグローバルに行っていますが、国産が多いですね。日本の卵の生産量はだいたい年間250万トンで、私どものグループはその1割、約25万トンを消費させていただいています。
佐藤 それは卵市場に無視できない影響を与える量ですね。
高宮 はい。卵は21日間温めるとヒヨコになります。つまりあの殻の中のものすべてが命につながっている。ですから私どもは日頃、そうしたことを意識しながら、卵と向き合っています。
佐藤 昔、卵は高級食材でした。私は外務省時代の1986年から1年間はロンドン郊外に、87年から95年まではモスクワにいたのですが、イギリスの高級レストランの前菜メニューに、固ゆでの卵を二つに切ってマヨネーズをかけただけのエッグマヨネーズがあったのには驚きました。あれは高級食材時代の名残りでしょう。
高宮 そうかもしれないですね。
佐藤 モスクワではまさに高級食材の扱いで、卵には三つの値段がありました。何が違うかというと、鮮度なんです。一番安い卵は2カ月くらい前の卵で、場合によっては腐っている。その匂いがすごい。
高宮 卵は命そのものですから、きちんと保存し、大切に扱わないといけません。
佐藤 私はそこで卵の鮮度の大切さを痛感したんですよ。
高宮 素材の鮮度ももちろんですが、マヨネーズそのものの鮮度を保つことも大切です。マヨネーズは卵にお酢と油を混ぜて作りますが、本来ならそこに加える食塩とお酢の力で傷まないんですよ。問題は、油の酸化です。油は空気に触れると、どんどん傷んでしまいますから。
佐藤 なるほど、鍵となるのは油なのですね。
高宮 そこでさまざまな研究をして、最終的には油の中に溶け込んでいる酸素まで取り出すようにしています。
佐藤 それは想像もつかない話ですね。マヨネーズにはそうした見えない努力が詰まっている。
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