阿部詩 ライバル志々目愛との熱戦を制し優勝 パリ五輪までに怪物になれるか

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阿部が目指す「怪物」

 阿部は以前から「誰もが到達したことのないような怪物になりたい。普通に強いとかではなく、手が付けられない次元に行きたい」といった言葉を口にしている。怪物とはどういう選手なのか。

 日本人の柔道選手で言えば、48キロ級の谷(旧姓・田村)亮子さん(五輪=金2・銀2・銅1、世界選手権=金7・銅1)や63キロ級で五輪2連覇の谷本歩実さん、男子60キロ級で五輪3連覇の野村忠宏さんをも超えるような存在になるということなのか。もちろん、五輪で勝つことだけが「怪物」の要件ではないだろうが。

 今大会、先月の講道館杯と同様、東京五輪代表は次々と敗れ、優勝したのは阿部詩と今年のアジア選手権でも優勝した女子78キロ超級の素根輝(そね・あきら=パーク24=22)だけで、ウルフ・アロン(了徳寺大職員=26)にいたっては1回戦で敗れた。

 五輪出場組たちは「パリを目指す」とは言っているようだが、正直、彼らに今ひとつ覇気を感じず、最高の晴れ舞台に出られなかった選手たちの気迫が勝っていたのではないか。そんな中で阿部や素根が、悔しさをばねに気迫十分で向かってくる相手に、僅差であれ何であれ「勝ち切る」ことは実は大変なことだ。

 11月の講道館杯に続いてグランドスラムを制した阿部は、早くも来年5月の世界選手権の出場権を得た。パリ五輪への代表争いで早くも大きくリードした形だ。もはやパリ五輪に向けてではない。阿部詩は「怪物」に向けて突き進む。

形を変えた母校

 この大会、初日には神戸市・夙川学院高校時代に阿部の後輩だった70キロ級の桑形萌花(くわがた・もか=三井住友海上火災=20)が登場した。

 同校は阿部の卒業後、経営難などで学校法人須磨学園に吸収され、「夙川高校」と改称されている。校舎は阿部や桑形が練習していたポートアイランド(神戸市中央区)から兵庫区に移転し、体育科の生徒募集も中止された。また、彼女らを指導した名監督の松本純一郎さん(54)が、東京五輪前に脳梗塞で倒れるという悲運もあった。

 高校時代、いつも明るい表情で報道対応してくれた「詩ちゃん」も、3年間汗を流した道場が消えてしまったことには様々な思いがあっただろう。

 夙川学院高校での練習後、いつも父親の浩二さん(52)が迎えに来ていた。当時、「私の足の指って猿みたいに長いでしょ。これでしっかり畳が掴めるんですよ」と無邪気に話してくれたことが思い出される。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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