恥をさらけ出す「西村賢太さん」私小説のすごみ 「芥川賞」受賞を後押しした大物作家【2022年墓碑銘】
満ちては引く潮のように、新型コロナウイルスが流行の波を繰り返した2022年。今年も数多くの著名な役者、経営者、アーティストたちがこの世を去った。「週刊新潮」の長寿連載「墓碑銘」では、旅立った方々が歩んだ人生の歓喜の瞬間はもちろん、困難に見舞われた時期まで余すことなく描いてきた。その波乱に満ちた人生を改めて振り返ることで、故人をしのびたい。
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2011年1月、芥川賞の発表は大きな話題となった。『きことわ』を著した慶應義塾大学大学院に在学中の才媛、朝吹真理子さんと、『苦役列車』の西村賢太さんが受賞。ふたりの対照的な姿は「美女と野獣」などと報じられた。
実体験をもとに私小説を書き続けた西村さんは、長くどん底を生きてきた。1967年、東京・江戸川区生まれ。小学5年生の時、運送会社を営んでいた父親が強制猥褻事件で逮捕され、両親は離婚。母親と姉とともに転居を繰り返す。希望を失い、中学を卒業すると家を離れて自活を始めた。 作品に共通して登場する主人公の北町貫多は、脚色を加えているとはいえ、西村さんの分身同然だ。
『苦役列車』では主人公の19歳の日々が描かれる。荷役の現場で同年代の若者に親近感を覚えるが、借金を迫り、彼に恋人がいると知るとねたんで罵倒する。身勝手で感情をぶちまけてしまい、友情も育めない。
『苦役列車』はまだ穏やかな方である。女性と同棲生活を送れるようになったのに、カツカレーをむさぼる姿をブタみたいと言われて激高、足蹴りして大けがを負わせてしまう作品もある。
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