「餃子の王将」社長射殺事件 その筋の世界で語られていたこと

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 1983年、「餃子の王将」を全国展開する王将フードサービスの創業者・加藤朝雄氏が亡くなると、当時の副社長が2代目社長に就任した。しかし、それは一時的なものだった。翌94年には加藤氏の長男が3代目を継ぎ、次男が経理部長兼専務取締役に就任した。【藤原良/作家・ノンフィクションライター】

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 つまり王将フードサービスは、創業者が死去すると実子2人が実権を引き継いだことになる。そして2人は、数年間で約260億円以上もの不正流出金を発生させた。

 流出金の内訳として報じられているのが、ゴルフ場運営会社などを経営する上杉昌也氏が率いる企業グループとの不適切な不動産売買だ(註)

 2000年、王将フードサービスは、約460億円もの負債を抱えて経営難に陥った。この時点で、実子2人の叔父にあたる大東(おおひがし)隆行氏が4代目社長に就任、負債の整理と経営向上に努めた。

 大東氏は07年頃から債権回収を開始し、その一環として13年11月に第三者委員会による報告書を作成した。

 結果、王将フードサービスの実態が、これまで以上に明らかになった。約260億円の資金が流出し、約170億円が未回収であることが判明した。

 報告書が完成してから約1カ月後の13年12月19日の早朝、大東氏は何者かが放った銃弾4発によって、京都市内の本社ビル前で射殺された。

 犯人逮捕は難航し、捜査は長期化した。そして、未解決事件の一つとして各方面で様々な憶測を呼んだ。

中国進出の失敗

 例えば、関係者の間で「中国マフィア説」が囁かれたことがある。「いつかは餃子の本場の中国に店を出したい」という創業者の夢を叶えるべく、大東氏は2000年頃から中国進出の計画を本格化させた。

 資金流出によって経営難に陥った王将フードサービスを立て直すため、中国市場の開拓に挑んだという側面もあった。

 だが、日本とは比較にならないコネ社会の中国では、店舗用地の取得や許認可などで政府高官や将校クラスの軍人との折衝が不可欠だった。

 2005年には大連市を中心として、中国本土内に6店舗を構えた。その仲介役となった地元有力者や中国マフィアと関係を持ったとされる。その後、彼らとの間に金銭トラブルが発生したことで、店舗網が縮小に追い込まれたというのだ。

「その後も金銭トラブルは解決せず、中国マフィアが大東社長を殺害した」──というのが「中国マフィア説」の根幹だ。

 もちろん殺害場所は中国ではないため、複数の日本人協力者がいたという“解説”も囁かれていた。

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