羽生善治九段、藤井聡太王将と32歳差の“夢の対決”へ 棋士仲間の証言で紐解く「羽生将棋の凄さ」

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羽生の人柄

 羽生は、重要な一局で相手が大きな失着をすると「しめた」と喜ぶのではなく、逆にがっかりするのだという。

 谷川浩司十七世名人(60)は、「羽生さんは誰よりも好奇心が旺盛で、それが羽生将棋を支えています。勝負所や急所ではもちろん勝負に徹して来られますが、実は勝敗やタイトルの数にはそれほどこだわってはいない。将棋の真理を追及して、拮抗した中・終盤の戦いが続くことを楽しんでいるような感じがあります。相手が悪手を指すと羽生さんが嫌な顔というか、がっかりするという話があります」と語っている(大川慎太郎・著『証言 羽生世代』講談社現代新書より)。

 このことについて福崎九段は、「谷川さんも同様ですよ」と話す。

 あのクラスの大棋士になれば、ただ勝てばいいというのではない。将棋の奥義を極めようと、少しでもハイレベルな対局を目指している。決着がついた直後にお互いがその場で一局を検討し合う「感想戦」や、現代のスピード化時代にあって一局に2日もかけるタイトル戦があることも、将棋の技術全体のレベルを上げるために残されている。この日、豊島の失着の瞬間、羽生は内心どう思ったのだろうか。

 前人未到の「永世七冠」などの活躍で国民栄誉賞まで受賞した羽生だが、いつも自然体で明るく、サービス精神も旺盛だ。最近もテレビ朝日の『徹子の部屋』(11月2日放送)に出演し、妻(元女優の畠田理恵さん)や娘、さらには飼っているウサギのことなどを楽しそうに話していた。

 11月21日放送の『世界!ニッポン行きたい人応援団』(テレビ東京)では、ベラルーシで将棋に取り組む9歳の女の子(エカテリーナちゃん)と父親との交流の模様が放送された。4年前、親子が来日し将棋会館を訪れた際、羽生が詰将棋の問題を出してアドバイスしたり、サイン入りの扇子をプレゼントするなどして2人を感激させた。今回は、成長したエカテリーナちゃんと父親とリモート対談していた。

「難しいのかなと思っていた」

『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』(文藝春秋)等の著作があり羽生と同い年の先崎学九段(52)は、羽生の凄さについて「大人にならないとこだよね」と語る。

「昔とあんまり変わらないから。普通の人は成長と言うときれいごとだけど、いろいろなものを身に纏うようになって人間が変わるじゃない。それが普通だと思うんだけど、羽生さんは違う。将棋が好きな少年のままなんです。それがすごい」(前掲書)。

 羽生は「(藤井王将とのタイトル戦は)ずっと実現できたらいいなと思っていましたが、なかなか自分自身の結果が伴っていない状態が続いていたので、現実的には難しいのかなと思っていた。何とか実現できて非常に嬉しいです」と語った。

 2018年2月、羽生は朝日杯将棋オープンの準決勝で、公式戦初対決の藤井に敗れた。そして、「藤井さんは将来必ずタイトル戦に出てくる方。ただ、私がそこにいるかは分かりません。そこが問題です」と語っていた。

 その問題はクリアした。注目の王将戦七番勝負の第1局は、1月8日、9日の両日、静岡県掛川市の掛川城で行われる。
(一部、敬称略)

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に「サハリンに残されて」(三一書房)、「警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件」(ワック)、「検察に、殺される」(ベスト新書)、「ルポ 原発難民」(潮出版社)、「アスベスト禍」(集英社新書)など。

デイリー新潮編集部

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