目に涙を浮かべて「冥土の土産ができた」と笑う父… フリーアナウンサー・堀井美香が父の上京で再認識した「東京と自分」の距離感
少しずつなくなっていた「記憶の中の東京」
元TBSアナウンサーで、現在は「ジェーン・スー 生活は踊る」などの人気番組でパーソナリティーを務めるフリーアナウンサーの堀井美香さん。秋田県出身の彼女が、18歳で故郷を離れ足を踏み入れた東京は、だけどいまもどこか距離のある街で……。
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18歳で東京に出てきた。就職をし、いくつかのライフイベントを済ませ、もう長い時間を東京で過ごしてきた。それなのにずっと、東京観光をしているような気持ちでいる。東京で自分に起きていることのすべて、結婚や子育てですら、旅の中のオプションのように思えてくることもある。
それでも得体の知れない自分が、こまごまと舞台の上で動けば、進んでいく即興劇の中で役ももらえた。意味を見出そうなどとは思わなかったが、ここにいていいのだと許されている気もした。
そして私はあっという間に、50歳になった。背伸びをして通った喫茶店も、周りにいたあの人たちも、自分の記憶に残る東京の風景は、少しずつなくなっていった。でも東京は、そんな移り変わりに、微動だにしない。そして私は、そんな東京が作り出す健全な変化の中で、ずっと時間の間借りをしてきた。
目に涙を浮かべて「冥土の土産ができた」と笑う父
先日、広島から7年ぶりに義父が上京して来た。築地ですしを食べ、両国で相撲を見て、夫と私は、ありったけの東京をプレゼントした。すし屋のカウンターで三人肩を並べ、もう85歳になる義父は「愉快、愉快。冥土の土産ができた。」と笑って、少し目に涙を浮かべながら喜んでいた。夫は夫で、義父が好きな将棋を一緒にしようと、重い脚付き盤を銀座の宿泊先まで運び、父の好きなつまみも用意した。そうやって、父の体を気遣いながら、たった2日間に、思い出を詰め込めるだけ詰め込んでいた。
あんなにも幸せにお酒を酌み交わす親子なのに、愛する息子は東京で過ごし、尊敬する父は故郷で老いていく。そこには東京という存在が隔てるそれぞれの時間がある。その時間の中で、私たちは、ふわふわと足を空回りさせたまま、東京と添い遂げる覚悟もなければ、東京から途中下車する決断もできずにいる。
あの日、磁石みたいに東京に吸い寄せられ、故郷を出てから、こうなることはわかっていたのに。
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