アルコール依存症の父、蒸発した母を持つ「実家が全焼したサノ」 結婚を決めて母に抱いた複雑な感情とは

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蒸発した母に「会いたいような、会いたくないような」

 そしてようやくここからがタイトルにつながる話ですが、蒸発した母とは、蒸発以来会っていません。20年以上会っていないので、正直なところ顔もおぼろげにしか浮かびませんが、家族を「仲間」と意識するようになってから、なんとなく母のことを思い出すようになりました。これまでは母を「個人」として見ていたので、蒸発するのも自由で、新たな家族を作るのも自由で、たまに「子どもを置いて出ていくなんてひどい」と母を非難する人がいても、ありがたいことに僕はこれまで幸せに生きてこられているので、「母も幸せならいいじゃないですか」なんて本気で思っていました。いや、今でも思っています。しかし母を「仲間」として見た時、どうして蒸発したのか、どうして20年以上経つのに一度も僕に連絡がないのか、そんな思いを母に対して抱かないのはむしろ、薄情なような気さえしてきました。

 母に会った時、僕はどんな表情になるのでしょう。母は僕を見て、どんな顔をするのでしょう。会いたいような、会いたくないような。でも僕が今、もう一度会いたいのは、母です。

実家が全焼したサノ(じっかがぜんしょうしたさの)
1989年生まれ。新橋で働く会社員。著書にエッセイ『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』。

デイリー新潮編集部

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